この物語は、ぴいなつ作:函館ストーリー「きらめく言葉の結晶」のスピンオフ・ストーリーです!

美蘭先生のスピンオフ ストーリーにタイトルをつけると、どうなりますか?》というリクエストにより、この物語は生まれました。

もともと、本編の「きらめく言葉の結晶」の解説の一部的に、登場人物のネタバレ的な目的で無理やり僕が、スピンオフ・ストーリーとして付け足したものです。

この物語は、ぴいなつ先生の作品とは違いますので、ご了承ください!


スピンオフ・函館ストーリー「Spring Love!」

僕は、啄木の足跡をめぐり歩きながら、宝来町の茶房ひし伊へと向かった…

この店は、かつて啄木夫人が通った質屋で、今は喫茶店になっている。

天井は高く吹き抜けで、1階はモダンな机や椅子があり暖炉がある和洋風、2階は小上がりで座敷のある和風な大正アンティークの素敵なお店だ。

ギシギシと音がする階段を登り2階席へと向かう。

僕は、この2階席がお気に入りなのだ。

そして、いつものコーヒーとワッフルのセットを注文、このメニューは作家の辻仁成のお気に入りで、僕もとても気に入っている。

冬果は、白玉抹茶クリームあんみつが好きで、今はテスト期間で猛勉強しているから、ホントはテイクアウトができるなら差し入れしてあげたいのだけどね…


「奏ちゃん、わたし今回はヤバいからテスト期間中は、絶対に話しかけないで!」

やれやれ…

冬果にそう言って釘を差されたけど、心配だから来ちゃったよ!

だって、この店の道路を挟んだ古本屋さんは、冬果の家だからね。

「奏ちゃんは、これでも読んでて、後でわたしに感想を教えて!」

テスト前に、冬果から渡されたのが、石川啄木の『一握の砂』だった…

冬果は、宮沢賢治は好きだけど石川啄木は苦手、だけど興味はあるから僕に石川啄木のことを教えてほしいだって。

それで、今日は朝から石川啄木の聖地巡礼だ!


ひと休みした僕は、冬果の家に向かって「行ってくるよ!」と声を掛け、宝来町の電停から市電へと乗り込んだ。

気がつくと…

僕の斜め前のシートに、熱心に本を読んでいる女性が座っていた。

「何を読んでいるのだろう?年齢は僕と同じぐらいだな?」

電車が動き出す時、彼女が読む本の表紙が見えた。

その本は、僕のポケットにある石川啄木の『一握の砂』だった。

「彼女は一人旅で、啄木の聖地巡礼をしているのかな?」


僕は、しばらくして目的地の「千代台」で下車した。

すると、偶然にも彼女が一緒に降りてきた。

「あの・・・もしかして、啄木がお好きなんですか?」
僕は思わず彼女に声をかけ、ポケットから『一握の砂』を取り出して見せた。
「あっ!」
彼女は驚いた顔をしながら、自分のカバンから同じ本を取り出して見せ、微笑んだ。
「ということは、啄木の聖地巡礼ですか?」
と、僕が聞くと…
「あ、ハイ!今日は朝から石川啄木の足跡をめぐっていて、これから啄木小公園に行ってみようと思って!」
と、彼女がニッコリと笑った。


「いやぁ、突然声をかけてしまってスミマセン。市電の中で、『一握の砂』を熱心に読んでいる姿が印象的で・・・もしかして、僕と同じかな?って思ったもので」

「そうなんですね!じゃあ、もしや行き先も一緒ですか?」
「ハイ、その、もしやです!」

そう言うと、僕と彼女は同じ方向に歩き始めていた。
千代台の電停から啄木小公園までは歩いて20分ほどだが、彼女が「
啄木が過ごした函館をたくさん肌で感じたい!」というので、僕も一緒に歩き出した…

啄木について2人で熱く語っているうちに、あっという間に目的地に着いてしまった。

「あのー、もしよかったら、このあと大森海岸沿いを歩きませんか?」

「いいですねぇ〜実は、わたしもこのあと行くつもりでした、ぜひ!」
と、彼女は快くオッケーしてくれた。


「わたし、啄木の話をこんなに共有できる人は、初めてです!」
彼女は嬉しそうに、微笑んだ。
「僕もです!だから、一人旅で?」
「そうそう!なかなかマニアックな旅になるから誘う相手もいなくて!」
と、彼女もおどけた。


僕が笑うと…

「あの~、お一人なんですか?わたしは、岩手から来たんです」

「僕は、地元民です!彼女から、石川啄木に興味があるけどよく分からないから調べてちょうだいと頼まれて…」

「フフフッ、優しいですね。彼女さんも可愛い!」


そんな話をしながら、僕たちは大森海岸沿いを歩いた。
さすがにまだ春先で、すっかり体が冷えてしまった。

そろそろ、啄木をめぐる旅もお開きの時間だ。


「僕はこれから、市電で湯の川温泉まで行きます!こんな時じゃないと、地元民はホテルなんて泊まりませんから」
と言うと、彼女が口に両手を当てて大笑いしている。
「あの・・・わたしもです、行き先は湯元啄木亭!」
「エーッ!同じです」
僕は、驚くやら嬉しいやら、いろんな感情がごちゃ混ぜの気分で舞い上がった。

「ベタなんですけど、啄木ファンならば見過ごせない名前かなって…」

と、照れながら笑う彼女に、僕も一緒に笑った。


じゃあ、ホテルの夕飯をご一緒しませんか?これも何かの縁ですよね、一人で食べるのもちょっと味気ないし、バイキングですから…」

と、彼女が誘ってくれたので…
「いいですね〜そうしましょう!」
と僕は即答した。


僕は、ホテルのバイキング料理を楽しみながら、彼女の言葉に耳を傾けた…

《砂山の砂に腹ばひ 初恋の いたみを遠くおもひ出づる日》

わたし、啄木の歌では、この歌が一番好きで…

この歌は、わたしに初恋という憧れを抱かせてくれた歌なんです!

わたしは、以前に啄木と同じく4ヶ月ほど函館に居ました。

そして、啄木はその4ヶ月という間に函館の街や人々を愛して、「死ぬ時は函館で」という言葉を残したのです。

なぜ、啄木はふるさとの岩手ではなく、函館を選んだのか?

その想いをわたしも理解できたら、もっと函館を好きになるし人をもっと愛せると思うのです。


運命っていうものがあるとすれば、こういう出逢いを言うのだろうか?

彼女は、野本直美という名前で、1年前に啄木と同じく4ヶ月の間、函館で暮らしていたと教えてくれた。

その時は高校生で、恩師である尾崎先生に恋心を抱いていたのだという…

そして、再びふるさとの岩手から函館にやって来たといい、自分と啄木の生涯を重ね合わせているのだろう。
僕は、啄木が4ヶ月しか過ごさなかったにも関わらず函館に魅了された理由が、彼女を通して少し分かった気がした。
過ごした時間の長さではない、なにか強く惹きつけられる、神秘的な何かを…。


夕食後、ホテルの部屋に戻った僕は、冬果に彼女・野本直美さんのことを伝えた。

案の定、最初は僕のことを浮気だとキーキーと怒っていたが、不思議な魅力のある野本直美さんに次第に魅了されて、「素敵な女性だからわたしも会いたい!」と話していた。

「野本直美さんって、岩手の人なんでしょう?まるで、座敷童子が大人になったみたいな人だよね、奏ちゃんきっと良いことが起きるよ!よし、わたしのテストも上手くいくね、やったー!奏ちゃん、ありがとー」

まったく、冬果らしいや。



尾崎先生!

これは、お手紙でなく日記なんです。

 

今日、わたしは再び函館にやって来ました。

真っ先に、尾崎先生に会いに行きたいのをグッと我慢して、同じように市電に乗り石川啄木の足跡をめぐってみました。

久しぶりの函館に自分自身を慣れさせるためにも、先生がお手紙に書いてあるように、市電に乗って小さな旅をしました。

先生が出会ったという、素敵なカップルには会えなかったけど、啄木小公園に行こうと市電を降りた時に、一人の男子大学生に声を掛けられました。

若い男性と話をするのは初めてで戸惑いましたが、同じように石川啄木の足跡をめぐっている事を知り、そこからは一緒に行動しました。

そうそう、「聖地巡礼」とか言うそうです。

でも、啄木なら聖地巡礼より足跡めぐりの方が合っていると、その男性は笑顔でうなづいてくれました。


啄木が、ふるさとを離れ函館の風景や人々を愛したように…

わたしも、ふるさとを離れ函館や尾崎先生を愛するために、啄木の足跡を歩きながら想いをシンクロさせました。

最後は自分へのご褒美に、湯の川温泉にあるホテルに泊まりました。

もちろん、どこのホテルか分かりますよね?

名前が同じだし…


けっきょく、大学生の男性とはホテルも同じでしたが、市電で知り合ったという一つ下の可愛い彼女の話をしてくれました。

もしかして、尾崎先生が市電で会ったカップルって、あの男性かも?

うそー!こんな偶然って、ある?

可愛い彼女は冬果ちゃんと言って、今はテスト期間だそうです。

きっと、わたし冬果ちゃんにも、どこかで会うと思います!



さて、啄木の足跡をめぐる旅も終わりです…

明日は、尾崎先生に会いに行きますからね!

待っていてね。


サトちゃんと、早く逢いたいな~。


END



今回のスピンオフ・ストーリー「Spring Love!」はいかがだったでしょうか?


美蘭先生のスピンオフ ストーリーにタイトルをつけると、どうなりますか?》というリクエストと、ぴいなつ先生のサプライズも楽しいだろうね》という妄想をスルーできずに、こうしてスピンオフ・ストーリーが生まれました!

先に、函館ストーリー「きらめく言葉の結晶」を読んでいただければ、より楽しめます。