今回の函館ストーリーは…

・函館出身で東京の大学に通う、ツンデレ娘の梨湖(りこ)

・東京生まれ東京育ちのサラリーマン、優柔不断な柊二(しゅうじ)

この2人が主人公ですが、どうやら雲行きがあやしいようです、どうぞお楽しみに!

 
函館ストーリー「ため息をついた、マーメイド」

 

「あの~梨湖(りこ)さんは?」

僕は、公衆電話から梨湖(りこ)に電話をした。

実は、写真を撮りすぎてスマホのバッテリーが無くなってしまったのだ。

取り次ぎの電話の声は、ぶっきらぼうに「外出しています」と答えた。

梨湖(りこ)は大学生で、寮に住んでいた。

数日前、僕らは些細なことで喧嘩をしてしまった…

 

梨湖(りこ)と出掛けた青山のカフェにあった雑誌で、函館特集をやっていた。

僕は、北海道も函館も、ぜんぜん知らなくて、雑誌に出ている記事で初めて函館を知った。

世界三大夜景、五稜郭、有名な坂道…

それぐらいの観光紹介と、あとは函館のスイーツが紹介されていた。

 

梨湖(りこ)は函館出身で、東京の大学に進学しアルバイト先のお店で僕と知り合い、僕とはなんとなく付き合っている。

僕は外資系企業で働いていて仕事が忙しく、たまに梨湖(りこ)とこうして休みの日に外で会うのが、いつものデートだった。

梨湖(りこ)は北海道訛りもなく、いつもキラキラと輝いている女の子で、実際に読モとかしていて、たまに雑誌にモデルとして写真が載ったりしている。

スタイルの良さとファッションセンスが抜群で、経済学部で頭の回転も早く、早い話が僕の一目惚れ!というやつだ。

 

僕が、雑誌の函館特集を見て、函館の夜景や五稜郭の話題を梨湖(りこ)に振っても、少し眉間に皺をよせながら「別に…」「そんなもんじゃないし…」などと歯切れが悪い。

そして…

「梨湖(りこ)も、この坂道で最先端のファッションでポーズとか決めて写真撮ったりしたの?」

と、写真の八幡坂を指さして言うと、梨湖(りこ)がキレた。

「ねぇ~函館の何を知っているの?そんな程度の雑誌の記事で何が分かるの?」

「えっ、いや、ごめん。僕は北海道も函館もぜんぜん知らなくて、ほら梨湖(りこ)はいつもキラキラと輝いているし、だから函館もそんな風にきらびやかな街なんだろうなって、そうそうススキノだっけ?有名な歓楽街もあるんだろ?」

「ススキノは札幌。函館は確かに観光客が多いけど、そんな街じゃない。私、帰る!」

そういうと梨湖(りこ)は、店を出て行ってしまった。

 

あれから1週間、僕は梨湖(りこ)に何度も電話したりLINEをしたが、梨湖(りこ)は何も返事してくれなかった。

そこで僕は、たまっていた有給休暇を取り、梨湖(りこ)には黙って一人で函館にやって来た。

事前に、図書館へ行き函館の歴史などを調べ、司馬遼太郎の『燃えよ剣』や辻仁成の『愛をください』を読んだ。

《ねぇ~函館の何を知っているの?そんな程度の雑誌の記事で何が分かるの?》

梨湖(りこ)の言葉が胸に刺さり、るるぶなどの旅行雑誌は見ずに函館という街を知ろうとした。

《函館は確かに観光客が多いけど、そんな街じゃない》

梨湖(りこ)の言う函館は、確かに観光地だけでない歴史と自然に彩られた素敵な街だった。

 

僕は、23日の予定で函館の地を踏んだ。

函館空港から函館駅へと移動するバスは石川啄木が愛した大森海岸沿いを走り抜け、遠くに函館山が見えた時、この同じ景色を啄木も見ていたのだと思うと、啄木が函館を好きになった理由が少し分かったような気がした。

やがてバスは函館駅に到着、駅前に並ぶ大型ホテルに圧倒されながらも、しかし東京とは違う空気を肌で感じる。

北海道だからとか、そういう空気感ではない、幕末の五稜郭から日本初の国際貿易港として開港し、異国の文化が上陸したベイエリアや元町。

そんな時代を駆け足で見つめてきた歴史的な建造物が、今でも現役でそこに建っている。

 

カチカチと時を刻む時計のように、函館は長い歴史の記憶を今に残していて、その懐かしさや歴史のひとときの過去へ旅することができるのだろう。

初めて来た函館は、いつか来たような?懐かしい思い出が残っているような?そんな街だった。

梨湖(りこ)が言いたかったのは、こういう事じゃないのだろうか?

観光地としての上辺だけではない歴史に埋もれた偉人たち、土方歳三や石川啄木が雄弁に語り掛ける、函館というロマン。

舶来文化をいち早く取り入れ、多くの外国人と交流してきた函館の先人たち。

梨湖(りこ)のキラキラとした輝きは、そのスタイルや洗練されたファッションによるものではなく、函館という街で育ち暮らしてきた梨湖(りこ)の内面の輝きだったのだ。

 

僕は、電話ボックスから元町公園へと歩き、坂の上から函館の街並みを眺め、梨湖(りこ)の顔を思い浮かべた。

あの時、僕の一言にどんなに傷ついたのだろうか?

僕は、函館のことを何も知らないばかりか、梨湖(りこ)のことを思いやる心がなかったのだ。

いつも自分のことばかりで、会えば梨湖(りこ)に仕事の愚痴を言い、梨湖(りこ)の言葉にテキトーに頷いていただけかもしれない。

「梨湖(りこ)…」

僕は、小さくつぶやいた。

 

元町公園のベンチから函館港を眺めながら、僕は梨湖(りこ)に手紙を書こうかな?と考えていた。

《函館のポストカードがいいかなぁ?「愛をください」でも李理香が基次郎に沖縄からポストカードを送っていた。出だしは…「梨湖(りこ)、今すぐ消印を見て!」って、本と同じだ》

そんな事を考えていたら、なんとなくワクワクした気分になってきた。

《函館の歴史も分かったし、最終日の今日は函館観光に繰り出そうかな?》

そう思いながら背伸びをしていたら…

 

「ちょっと、何で柊二(しゅうじ)がここにいるの?」

ふりむくと、びっくり顔の梨湖(りこ)がそこに立っていた。

「あひゃ!」

思わず変な声を出してしまうも、梨湖(りこ)は憮然とした顔をして僕を見ていた。

「それ、アンジェリックヴォヤージュの生クレープ?」

僕の問いに、「ハァ~!」と大きなため息をつきながら…

「残念でした、世界で2番めにおいしい焼きたてメロンパンアイス」

と言うと、梨湖(りこ)は僕の口元に手を伸ばす。

一口食べると、あったかいメロンパンにアイスが挟んであり、これは美味しい。

梨湖(りこ)は黙って僕の隣に腰を下ろすと、無言でメロンパンアイスを食べはじめた。

「だって、アンジェリックヴォヤージュすんごい並んでるし。ってゆうか、なんで柊二(しゅうじ)が函館にいるわけ?」

 
僕は、函館の歴史を図書館で調べ、土方歳三や石川啄木についても調べたこと、『愛をください』を読んで泣いたことやGLAYの歌を何度も聴いたことを話した。

そして、梨湖(りこ)をアイドルのように見ていたことを詫び、函館の街を歩き梨湖(りこ)をますます好きになったことを伝えた。

梨湖(りこ)は、レポートを書くのに行き詰まり、実家のある函館に戻って来て、昨日でそのレポートは書き終わり、今日は自分へのご褒美に美味しい物を食べようと元町にやって来たのだと教えてくれた。

 

「でっ、函館はどう?」

そう聞いてくる梨湖(りこ)に僕は、観光地としての魅力もさることながら、歴史的にも文化的にも街全体が魅力的であること、歩いてみればガイドブックでは分からないことが見えてくることがよく分かったと話した。

「ここ、元町はね~異国情緒が残る場所で、今では当たり前の洋服や洋食は、ここから拡がったんだよ」

そう言うと梨湖(りこ)は、函館港を目を細めて眺めていた。

しばらく無言の時間が流れ、やがて僕を見ると…

 

「ねぇ~お腹空かない?もう、お昼だし…」

そういえば、僕は朝から何も食べずに歩き回りスマホで写真を撮っていたのだった。

「坂を下ると、ラッキーピエロとかやきとり弁当があるんだろ?あっ、シスコライスもいいね、梨湖(りこ)はどれがいい?」

「後ろ見てないでしょ?あの薄緑色の建物」

そう言われて後ろを振り返ると、そこには旧北海道庁函館支庁庁舎の薄緑色の厳かで古き良き雰囲気を残した立派な建物が建っていた。

Jolly Jellyfish(ジョリージェリーフィッシュ)、ステーキピラフが有名な店だよ」

梨湖(りこ)の言葉に大きくうなずき、僕らはステーキピラフを注文した。

ステーキピラフは食器でなくランチボックスで提供されたので、また元町公園に戻りベンチに座り2人で食べた。

 

「なまら美味い!久しぶりに食べたなぁ~」

いつの間にか、梨湖(りこ)に笑顔が戻っていた。

「柊二(しゅうじ)、いつ帰るの?」

食べながら、梨湖(りこ)が聞いてくる。

「明日には帰るよ。仕事もあるし」

「私も、明日には帰るよ。レポート提出もあるし」

梨湖(りこ)が、僕の口調を真似てそう答えた。

「ホテル、どこ?」

「ラビスタベイ函館、梨湖(りこ)も一緒に泊まる?」

「ダブルベッドは嫌だな、柊二(しゅうじ)のイビキうるさそうだし」

そう言うと、梨湖(りこ)は立ち上がり…

「口直しに、ソフトクリーム食べよう!」

「まだ、食べるのか?さっき、メロンパンソフト食べたばかりなのに」

「別腹、別腹、どうせ柊二(しゅうじ)のおごりだし」

と言って、梨湖(りこ)は笑った。

 

建物横にあるキッチンカーへと歩いていく梨湖(りこ)の後ろ姿は、マーメイドのように美しく輝いて見えた。

僕は、そっと坂道を振り返る。

そして、函館は異国がいまも丘の上に息づいている!ということを知った。

 

END

 

・「世界で2番めにおいしい焼きたてメロンパンアイス」

元町公園の横にあり、かつては「公会堂の横」と言われた、GLAYのお勧めのソフトクリームの店で、ここから八幡坂までの道路沿いにたくさんのソフトクリームを販売する店が並んでいて、“ソフトクリーム通り”と呼ばれていた。

あたたかいメロンパンにソフトクリームを挟んであり、新食感の味は若い世代に人気がある。

 

・「Jolly Jellyfish(ジョリージェリーフィッシュ)」

函館市民からは“ジョリジェリ”の愛称で呼ばれ、カリフォルニア・ベイビーの「シスコライス」と並ぶ、函館のソウルフード。

人気のステーキピラフは通称“ステピ”と呼ばれ、トラピストバターを使ったピラフは香ばしく、その上にレアに焼き上げた柔らか牛肉がのっていて文句無しの美味しさ。

作中にあるように、ランチボックスで提供されるので、天気の良い日は元町公園のベンチで食べることができるし、店内でも食べることができる。

 

函館ストーリー「ため息をついた、マーメイド」は、いかがだったでしょうか?

13年ぶりに訪れた函館での体験を元に、この物語を書いてみました。

 

久しぶりの函館は大きなホテルが乱立し、老舗のお店がコロナの影響で閉店したりと、様変わりしていましたが、函館駅のホームに列車が着いたそこから、函館らしいゆったりとした時間の流れを感じました。

北海道新幹線開業で、函館はぐんと近くなりましたが、僕が求めていた函館が、探していた“あの頃”が確かにありました。

坂道の数だけそこにある物語、海を渡ってもたらされた異国の文化、”箱館”という歴史、由緒ある教会や修道院や神社や寺社が見守る街、海峡を見下ろす豊かな緑…

今回の旅は、函館という街を、改めて知る事となったのです。

 

いつものように、ぴいなつちゃんには物語のあらすじを伝え、主人公の梨湖(りこ)と柊二(しゅうじ)という名前を付けてもらいました。

名前が難しくないかい?と言うと、「最近はね、みんなこんな雰囲気だよねー。シンプルじゃない複雑な名前が多いよ」と言われました。

でも、名前だけだと読みづらいのでルビを付けたままにし、僕が古い感覚と思われるのも悔しいので、梨湖(りこ)はマーメイドのように可愛いのだという意味を込めて、タイトルは「ため息をついた、マーメイド」としました。

ナウいでしょ!w