函館ストーリー「彼女が電話をかける場合」


函館って、坂によって見上げる風景が魅力的で見下ろす風景が美しく…

坂の上には函館山、坂の下には函館港があり、そんな坂道を上り下りしてお気に入りの景色や四季折々の草花をカメラに収めながら歩くのが好き。

私が好きな大三坂(だいさんざか)は、有名な八幡坂より観光客も少なく、日常生活のなかに異国情緒を漂わせる建築物があって、古きよき街の佇まいがギュっとある。

 

灰色の雲が低く函館山を覆っていて、今にも雨が降りだしそうだ…

赤レンガ倉庫のあるベイエリアから一人の女性が歩き出し、やがて大三坂(だいさんざか)を登りはじめる。

歩道には電話ボックスがあり、中に人はいない。

彼女は、しばらく空を眺め電話ボックスに入った。

 

「もしもし?」

彼が、けだるい声で答えた。

「こんな、今にも雨が降り出しそうな空を見ていたら、急に康平さんに電話したくなったの!」

彼女の声は明るい。

 

彼は、夢を見ていた…

夢の中では女性が後ろ姿で、今まさに振り返ろうとした時に、ちょうど電話のベルでお昼のまどろみを起こされ、ぼんやりした頭で夢の中の女性は彼女に似ていると思った。

 

「夏妃?いま夢を見ていた!函館も今にも雨が降りそうだ。それにしてもイヤな天気だ…。雨の日と月曜日には誰の心も暗くなる。昔、何かで読んだような気がする」

「私は好きよ。こんな日は外から電話したくて、見つけた電話ボックスの中から掛けているわ」

「部屋からで、いいだろ…」

「雨の日は何もかもが優しいから好きなの。そして雨が降りだすまで、電話ボックスから外を眺めて康平さんと話をするのが好きなの…」

「雨の日は優しいから好き…。夏妃らしいねぇ」

「ねぇ~覚えてる?ちょうど3年前。私は坂の途中で康平さんに出会ったわ。その時、私はクチナシの鉢植えを抱えていた。そして、坂道の途中であなたとすれ違ったの」

「そんな事もあった、かな…」

「きっかけは振り返った時の康平さんの笑顔。あなたとすれ違った大三坂(だいさんざか)にある電話ボックスから、電話をかけているのよ!」

 

夏妃、函館に来ているの?」

「この季節の函館のお花や夕陽、いろんな写真を撮りたくて、きちゃった!みたいな(笑)もちろん康平さんに会いたいからなんだけど、ついでに美味しいものを食べたいな~」

「それで、どんなところを回ったの?」

「函館駅前から市電に乗って大町で降りて、カメラ片手に道端に咲く花を撮りながらアンジェリックボヤージュに向かったの!女子には絶対、外せないでしょ…」

 

函館に住む康平の元へ、夏妃は飛行機で青森まで、そこから新幹線でやって来た。

夏妃にとって、今回の函館旅行は大きな賭けでもあり、焦る気持ちを抑える意味で、青森から新幹線へと乗り換えた。

 

2年前、突然の別れがあった。

「見送りに行くよ!」

「その時、新しい住所を教えるわ」

夏妃は仕事の関係で引っ越しをすること、そしてしばらくは会えないことを告げに函館に来ていた。

見送りの日、15分遅く康平がホームに立ったとき列車はなかった。

康平は、別れ際に夏妃にプロポーズをするつもりで、ポケットに指輪をしのばせていたのだ。


発車の15分前、スマホから聞こえる康平からの声は、「事故でタクシーが動かない!」だった。

やがてホームにいる夏妃は、《なぜ、2人で一緒の写真を撮らなかったのだろう?》と、つぶやき、すまして笑って、そして泣いた…

その頃、康平は渋滞のタクシーを途中で降り、函館駅へと走っていた。

もどかしい気持ちを抑え、大通りを避け裏道を走り抜けたが間に合わず、それでも康平はホームへと向かった。

しかし、夏妃の姿はなく15分前に「さようなら」というLINEの一文字が康平のスマホに残っていた…

その後の2年間、ふたりはまったく連絡をとらなかった。

「今日はね、コインを入れたローファーでベイエリアから坂を歩いてきたの。ローファーにコインを入れて好きな坂道を歩き、そのコインで電話をかけるとハッピーな事が起こるの!」

これは、札幌に住む友人が教えてくれた愛のおまじないだった

2年前、康平とはそれっきりになっていた夏妃は、友人から背中を押され函館へ行く決意をする。

《函館に行ったら絶対に、おまじないをやるんだ!》と、心に決めて。


何事もなかったように、2年ぶりに康平に電話をした夏妃は逸る気持ちを抑え… 

「ねぇ~、待ち合わせ時間は?」
「陽が暮れるまでに、それまでに家に来てほしい」
「今日の日没は、7時14分ね。わかったわ」
「今日は、蠍座の夏妃にとってラッキーデー。そして、雨は夕方には上がるそうだ」
康平は、そう言って笑った。
時計を持たない彼の待ち合わせ時間は、日没だった。


2年前、身につける時計も部屋にある時計も、康平はすべてを破棄した。

15分という時間のトラウマ、時計をなくすことが彼にとってのおまじないだった。

いきなり2年ぶりに掛かってきた夏妃からの電話に、康平は驚き戸惑った…

しかし、いつもと変わらないクールな夏妃の話し声に安心し、2年前に夏妃に渡すはずだった指輪を、あの時と同じようにポケットにしのばせた。

 

康平への電話が終わり、電話ボックスから出た夏妃は降りだしてきた雨を見上げた

ポツポツという雨音に「康平さんが話すアクセントみたい…」そうつぶやいた。

 

康平の家がある魚見坂(うおみざか)は、19本ある坂の中で一番北側に位置し、坂下に向かって左手には函館湾が望め、山並に沈む夕陽が見られる絶好のスポットでもある。

雨上がりの魚見坂(うおみざか)を、夏妃はクチナシの鉢植えを片手に歩き、康平の家のチャイムを押した。

クチナシの英語の花言葉は「I’m too happy(私はとても幸せです)」で、6/30日生まれの康平の誕生花でもある。

 

大きな夕陽が函館港へと沈み、窓からはきらめく夜景が見える…

康平は2年もの間、心のなかに閉まっていた言葉を伝えた。

「夏妃…愛している。結婚しよう!」

そして夏妃は、黙ってうなずいた。

 

[END]



今回の物語、「彼女が電話をかける場合」は、お楽しみいただけましたか?

この物語は、いつも函館ストーリーの朗読をされている美蘭先生をイメージに函館を舞台にした、美蘭先生の物語です。


“雨の日”というのは、多くの小説やドラマ、映画と言ったシーンに必ず登場する“場面”ですが、彼のセリフにあるように、男性は“雨の日”を好みません。

“雨の日”にロマンチックなシーンを重ねるのは、女性ならではだと思うのです。

今回、主人公の女性・夏妃は、「雨の日は何もかもがやさしいから好き」と答えています。


この事からも主人公の夏妃(美蘭先生)は、おっとりとした性格で優しさにあふれ人を敬う、とても素敵な女性だと分かるでしょう。

もちろん性格だけでなく、美蘭先生はその外見も美しく素晴らしい女性なのです。


この物語は、ぴいなつ先生に監修をお願いしアドバイスをいただきながら完成となりました。

2人の名前やセリフ、お花が好きな主人公・夏妃のしぐさなど…

ぴいなつ先生の手で、より美蘭先生らしさが表現されています。

Googleマップで、函館の街を疑似散歩しながら監修したという、ぴいなつ先生による演出がリアル感を出しています。

2人の名前、夏妃(なつき)と康平(こうへい)ですが、もちろん命名したのは。ぴいなつ先生です!

特に主人公のという字は、「美蘭先生の高貴な雰囲気にぴったりかな?」と、申しておりました。


「さそり座」の美蘭先生と「かに座」のぴいなつ先生、2人は「水の星座」という共通点があり、姉妹のような感じですから、2人がタックを組んだ函館ストーリーは大人気です!

美蘭先生を想う、ぴいなつ先生が監修した新しい函館ストーリー、どうぞ何度でもお楽しみ下さい。