むかし、むかし… 

ある山奥の貧しい村に、一人の若い女性が峠を越えて、やって来ました。 

そして、麓の村に辿り着くまえに炭焼き小屋の前で、力尽きて倒れてしまったのです。 

ちょうど作業を止めて、休憩をしようと小屋から出てきた源兵衛という若い男が、その女性を見つけて介抱してあげました。

「おめぇ、どうした?大丈夫だが…」 

「おかげで助かりました。私の名前は、きくのと言います。山の向うの町で嫁入りしていましたが、私があまりにも器量が悪いので、いつも姑にいびられて、たまらずそこから逃げて来たのです」 

「そうか、大変だったな。オラ、源兵衛っていう者だ。まんず、お茶でも飲め。この団子も食え…」

 

人柄の良い源兵衛は、ススで汚れた顔から白い歯を出して、語り掛けました。 

きくのは、源兵衛の優しい笑顔にキュンとなり、今夜一晩泊めてくれと源兵衛に頼むのでした。 

そして… 

「源兵衛さん、私にはもう帰る家もありません。どうか、私を源兵衛さんのお嫁さんにして下さい。どうか、お願いします」 

何度も、何度も、きくのは地面に頭をつけて頼み込みます。 

「ちょっと待て!ここは貧しい村だし、オラは見てのとおり食うのにも困る貧乏暮らしだ」

しかし、きくのは涙を流し何度も頭を下げました。

「それでも、いいのが?本当にいいのが?」 

「何でもします。お仕事も手伝いますから、どうか、どうか、お願いします!」 

あまりにも、きくのが一生懸命に頼むので、根負けした源兵衛はきくのを嫁に貰うことにし、山を降りて家にきくのを迎えました。 

その夜、二人は契りを交わし、めでたく夫婦になったのです。

 

翌日から源兵衛は、嫁のきくのを家に残し、一人で炭焼き小屋に戻り仕事をしました。 

きくのは、家の裏にある小さな畑を耕し、町から持って来た夕顔の種を蒔き、育てたのです。 

それから二人は一生懸命に働き、若い夫婦が働く姿は、やがて村にも活気を呼びます。

 

ある日、二人の枕元に観音様が立ち、お告げをしました。 

「源兵衛、きくの、お前たちは若いのによく働き、村人たちにも親切だ。お前たちに褒美を与えよう。源兵衛の炭焼きの灰を、肥料として畑に撒きなさい。夕顔もよく育つだろう」 

次の日、きくのは源兵衛の炭焼きから出た灰を、肥料として畑に撒いたところ、それは立派で大きな夕顔がたくさん実ったのです。

 

きくのは、観音様にお礼の祈りを捧げ、大きな夕顔を村人全員に分け与えました。 

自分たちが、食べるはずの夕顔まで分けてしまいましたが、二人は質素なご飯にも満足でした。 

翌朝、きくのは畑に行くと見たこともないほどの大きな夕顔が1つありました。 

その夕顔を割ってみると、中からたくさんのお金が出てきたのです。 

そのお金で、源兵衛夫婦は長者になりましたが、それでも夫婦二人で一生懸命に働き村の為に尽くしました。 

畑の夕顔も、相変わらず大きく育ち、この夕顔から作った干瓢は村の特産品となったのでした。

 

いつしか村人たちは、源兵衛夫婦を「夕顔長者」と、親しみを込めて呼ぶようになりましたとさ…。

これで、この話っこ、どんとはれ。

 

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今回の物語、『夕顔長者』は、お楽しみいただけましたか? 

昔話の定番である、◯◯◯長者と言われるお話は、その地域によって姿を変えますが、その地方色がより物語を面白くしてくれます。 

私の田舎では、山には炭焼き小屋があり、各家の庭先には夕顔が大きく育っていたものです。 

今では、炭焼き小屋は無くなり夕顔はスーパーで買うようになりました。 

そんな子供の頃の風景から、この物語が生まれたのです。

※主人公の名前は、ぴいなつちゃんに監修してもらいました!