《「あなた」といるのが好きなの。ときどき、すごく逢いたくなるの…》

『ときどき…』

その部分だけが、やけに強調しているように、僕には聞こえた。

《私は、「あなた」といるのが楽しいしお話するのが好きよ、でもずっと一緒にいたいとは、どうしても思えないのよ…》

僕は、その『ときどき』の意味を、そのように解釈していた。


…目が覚めた!

また、いつもの夢だった。

この夢の中の彼女は、僕の友達だ。

少なくとも彼女は、僕にとって唯一の女性で、友人と呼べる可能性を持っている。

だが彼女には、僕ではない恋人がいる。


僕は、彼女のことが好きだった。

「ときどき一緒に、ご飯を食べましょうね?」

それが、彼女の口癖だった。

「うん!」

と、僕は返事をする。


「ときどき…」

夢と同じように、その部分だけが、やけに強調しているように、僕には聞こえた。


僕は、彼女に好意を抱いている。

いつも僕のくだらないジョークにくすくすと笑ってくれるし、ニッコリと弾ける笑顔を見せてくれる。

時には、身をよじりキャハハハッと大声で笑う。

とても綺麗な顔をした、笑顔が素敵な女性なのだ。


ある日…

僕たちは、10年ぶりに再会した。

「ごめんね~待った?怒ってる?ねぇ~怒ってる?怒ってないよね?」

時間は、夜の7時過ぎ。彼女は小走りにやって来た

「やぁ~久しぶり!10年ぶりだね…」

「そうね、もうそんなになるのね…」


僕たちは、無言で歩き出し、目に付いた居酒屋に入った。

個室タイプの部屋が並ぶ店だった。

店員さんに案内されて、真ん中あたりの部屋に通され、ビールで乾杯をした。

僕たちは、お互いの10年もの歳月を静かに共有した。

10年前のある日、僕たちの仲は突然フィルムが切れるように終わってしまった。

いや、誤解させるような表現はおかしい。

僕たちは、恋人でもない友達でもない、そんな関係だったのだ。

ただ、僕が彼女に一方的に好意を持ち、友達のように思っていただけなのである。


僕と、彼女は同じ会社の同僚だった。

10年前に僕が会社を去ってから、僕の心は予想以上の喪失感を持ち、空虚さの中で生きていた。

ようやく僕は、10年かけて自分を取り戻した。

要するに僕は、時間をかけて僕の“想い”がどこにも到達しないことがわかったのだ。


その日、僕は久しぶりに穏やかな時間を過ごした。

彼女は、早口に自分の10年間を語った。

最初は、笑顔もぎこちなく無理して笑っているように見えたが、やがてあの頃の笑顔に戻っていた。

ようやく、リラックスしたようだ。


「ねぇ~あなたの話をして…」

と、彼女は言った。

それで僕は自分の話をはじめた。


「ねぇ~私、もう38才になったのよ…」

僕の、話を遮るように彼女は突然、しみじみと話をはじめた。

「まだ独身で、同じ仕事をしていて、これでも色々とあったのよ…」


どうやら彼女の心は、傷ついているようだ。

外見上はそう見えないが、彼女はいろんな事で、たくさん傷つき…

そして、今でもまだ傷ついている。


僕たちは、ずいぶんと酒を飲んでいた。

やがてトイレに立った彼女は、めずらしく酔っているようだ。

「大丈夫か?」と聞くと、彼女はコクンと小さく頷いた。

そして、僕の右隣に座わり体を寄せてきた…


「ねぇ、変なことしない?」

「しないよ…」

彼女は、黙って頷くと僕の肩に頭を乗せ、目を閉じた。

僕は、静かに彼女に肩を貸した。


彼女は、疲れているのだ。

どこかで、休みたかったのだろう。

しばらく、そうしていたら彼女は頭を上げて、僕から離れた。

「ありがとう…」

彼女は、小さくつぶやいた。


ずっといた居酒屋で、深夜0時を合図に店を出た。

店の外に出ると、小雨が降っていた。

「また一緒に、ご飯を食べましょう」

そう言うと、彼女はニッコリと笑った。


「またね…」

彼女は、そう言うと僕に手を振り、目の前のタクシーに乗った。

「今日の僕は、彼女のとまり木のようなモノだったのだろう。彼女は、どこかで休みたかったのだ。そしてまた、僕らはしばらく逢うこともないのだろうな…」

僕は、そう呟くと、小雨の中を歩き出した。



[END]



今回の物語、『とまり木』は、お楽しみいただけましたか?


今回の物語は「僕」の視点で、ストーリーが展開しますが、あくまで主役は「彼女」という事になります。

この物語では、全ての男性の皆さんが「僕」なのです。

自分を「僕」に置き換えて、読んでいただければと思います。


さて、主人公の「彼女」ですが、とても明るく、みんなから好かれる美しい女性です。

一生懸命な仕事ぶりからも、彼女の強く真面目な性格が伺えますが、でも彼女はその仕事ぶりからは想像がつかないほど、弱く傷つきやすかったのです。

今まで、自分ではそう思っていませんでしたが、あるキッカケで自分の弱さを知る事となったのでした。

疲労は、年齢とは関係なくやって来ますが、彼女のように美しい女性が疲れているのは理不尽な事であり、周りにいる男性に責任があると思うのです。