創作昔話 『暮れ六つ山の遠くの白い火』

~お小夜キツネ・シリーズ~

 

昔、むかし

これは、一匹の女キツネのお話しです。

かつて、ベゴ森という山の中に住んでいた若い女キツネが、今は類家の帽子屋敷という小高い森の中に庵を立て住んでおりました。

そして、夕暮れ時に左目の下に小さなほくろのある色白の綺麗な女性に化ける事から、村人からは《お小夜キツネ》と呼ばれていたのです。 

ある日、お小夜キツネがいつものように、木の枝葉に水をつけて体をなでると…

色っぽい女の人、《お小夜》に化けたのでした。

そして男の人を騙そうと、木のかげから人が来るのを待っていたのです。 

ところが、その近くの草むらにジッと、お小夜を見ている黒い影がありました。

それは、《藤五朗キツネ》という男狐で、流し目の色男に化けては村の女を夜な夜な騙していました。

藤五朗キツネは、村一番の化け方上手と言われる、お小夜キツネを妬んでいて、いつか自分が一番になるのだと強がって…

「今日こそは、お小夜キツネをやっちまうぞ!」

と、彼の舎弟である2匹のタヌキに言いました。

そんな事とはつゆ知らず、お小夜は小さなお尻を向けています。

「そらっ、今だ!」

人間に化けた藤五朗キツネと2匹のタヌキですが、後ろから小太りの男が2人、お小夜に襲い掛かります。

しかし、お小夜は素早く藤五郎キツネたちの仕業と見抜き、先に小太り男2人を打ち負かしたのです。

 

やがて、1人の男の人がこちらに来るのが見えると、お小夜はわざと涙を流してその男の人にすがりつき助けを求めました。

「おっ、おぼえてやがれ!」

そう言うと、藤五朗と2人の小太り男は、それこそ尻尾を巻いて逃げ出しました。

「どうした?大丈夫かい?」

と、その男の人は、お小夜に近づくと、あまりの美しさにひと目惚れをしてしまいます。

「えぇ、おかげさまで助かりました。ありがとうございます

そして、お小夜も、その男の人にひと目惚れをしてしまったのです。

こうして2人は、恋に落ちるのでした

この男の人は、忠幸(ただゆき)という農家の長男で、やがて2人はめでたく結婚することとなります。

そして結婚式当日は、晴れているのに雨が降り、夜には辺り一面に狐火が見えたそうです。

 

忠幸の家は、類家田んぼの真ん中にある稲作農家でした。

家の隣には、米を入れる蔵がありましたが、いつもネズミの被害に悩まされていたのです。

しかし、お小夜がこの家に嫁に来てから、ネズミが出なくなりました。

その代わり、蔵の周りでは狐がよく目撃されるようになったのです。

「ネズミが蔵に出なくなったら、狐が蔵の周りに出るようになったな

と、忠幸の家で囁かれるようになり狐の番犬にと、大きな犬を飼いました。

ところが、この犬が嫁のお小夜に懐きません。

人懐っこい犬なので、忠幸も家族も首をひねるばかりです。

 

ある日のこと、犬に追われ、お小夜が蔵へと逃げて行きました。

「お小夜、大丈夫か?」

慌てて、忠幸が駆けつけると、そこには妻の姿は無く、一匹の女狐がいました。

「ぎえーん、ぎえーん」

と、女狐が鳴き続けます。

「お前はあの、お小夜キツネだったのか?俺は、よくよく騙されたもんだ。だがな、俺は、お小夜を好きだった。人と狐は夫婦にはなれない。お小夜、山に帰れ!今すぐ、帰れ

お小夜キツネは鳴きながら、忠幸の心に訴えます。

「おまえさんに私の正体がばれるのが怖かったんだよ。そしたら、おまえさんは私をとり殺そうとするだろう。だから、おまえさんには呪文を掛けていたのさ。私はずっと、おまえさんと一緒にいたかったんだよ、いつまでもいたかったんだよ

こうして1匹の白い狐が鳴きながら山の奥へと消えていくのでした。

去り際に未練げに振り返った左目の下の小さなほくろが、涙で濡れていたのを忠幸は見逃しませんでした。

 

そして実りの秋となり蔵が米で一杯になると、どこからともなく狐が忠幸の蔵へやって来ては、米を食べるネズミを捕らえるのでした。

おかげで、忠幸の蔵だけはネズミの被害も無くいつも米が高い値段で売れ、忠幸は長者になるのです。

また、忠幸の家の勝手口には、松茸や栗、アケビや山菜など、豊富な山の幸が時々置いてあり、狐火と共に去って行く白いキツネが目撃されました。

 

狐は、情があつく情愛細やかなこと人間以上であり、お小夜キツネはいつまでも忠幸に尽くし、忠幸は生涯独身を通し、お小夜のことを忘れることはありませんでした…

そこで、忠幸は狐を稲の神として祀り、蔵の隣に立派なお堂を建て、『稲荷大明神』として、お小夜キツネの像を祀ると、村人たちから「お稲荷さま」と慕われ、商売繁盛にご利益があると人気が出て、お参りする人が後を経ちませんでした。

お小夜キツネが勝手口に山の幸を置くときには、いつも「コン コン」と鼻で戸を叩いたそうで、こうして狐の鳴き声は「コン コン」という愛嬌のある声に変わるのですが、それは忠幸を想う、「おまえさん おまえさん」という、お小夜キツネの声だったのです。

 

どっとはれ。

 

[]

 

創作昔話 『暮れ六つ山の遠くの白い火』は、お楽しみいただけましたか?

この作品にて、お小夜キツネシリーズは完結となります。

登場人物の名前は、ぴいなつちゃんに監修してもらいました

タイトルの暮れ六つ」とは、夕方の6時を示す古語で「夕暮れ」とか「逢魔が時」と同じ意味です。

お小夜キツネは、ここでは白狐として書きましたが、本来のきつね色とは違い妖狐と言われる格の高いキツネは白いキツネだそうです。

狐火も本来は橙色ですが、白狐の狐火は青白いとか白い炎になるとも。

狐が化ける時は、動物の骨を口に咥えるか水に付けた木の枝葉を体に擦り付けると云われ、この時に狐火が灯るとか。

「稲荷神社」の由来は、文中にあるように稲の神の使者として狐を祀った事が始まりだと云われています。

また、狐の鳴き声は、よく「コン コン」と言われますが、これは昔話などで使われる擬音で、本当の泣き声はぜんぜん違います。

『お小夜キツネ』シリーズは下の画像をクリックしてお楽しみ下さい!
また、美蘭さんによる朗読も併せてお楽しみ下さい。
シリーズ1作『甚四と女キツネ』

美蘭さん朗読『甚四と女キツネ』

シリーズ2作『甘い言葉に、ご用心!』
美蘭さん朗読『甘い言葉に、ご用心!』