箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂物語」

~I am thinking of you at all times!~ 【完結編】


今回で、箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂物語」~I am thinking of you at all times!~の完結となります!

Part3からの続きとなりますので、そちらを先にご覧いただければ、より楽しめます。


美蘭さんが「前編」「後編」「Part2」と朗読ドラマとして作品を残してくれておりイメージとは大きくかけ離れておりますが、原作となるこの物語をもちまして終了となります

箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂物語」

文筆堂では、康平から亮介、そして栗生姉とそれぞれが順番に話をした。

栗生姉が話し終わると、誰も口を開くこともなくシーンとした静寂の中で重苦しく息が詰まるような感じの中、3人は顔を見合わせていた。

その時、サロンの入り口でバサッと物が落ちる音がした!

慌てて3人が振り返ると、そこには青ざめた顔をした梨湖が立っており、その後ろでは柊二が呆然と立ち尽くしていた。

「君たち、文筆堂の入り口には臨時休業と出ていただろう?それなのに勝手に入って来るとは失礼じゃないか!」

亮介が声を荒げる。

「すみません、玄関が開いたので、つい…」

柊二がおそるおそる、そう答えた。

亮介くん、まぁ~いいじゃないか?カギを忘れた僕が悪いのだから。それより、お客さん今日は悪いけど休みなんだ」

栗生姉がそう言うと、梨湖がツカツカと中へやって来た。

「私は梨湖と言います。こちらは柊二です。私たち、浪漫函館を見て野本直美さんに会いに来ました。私たちはHAKODATEEatというイベントをやり、その時にこちらのスタッフの夏妃さんと麻琴さんに声を掛けてもらいました。でも、私たちがやったイベントにどうも納得がいかずモヤモヤしている時に、野本直美さんのブログ・浪漫函館と出会ったのです。そして、ぜひ野本直美さんと一緒に仕事がしたい!そう思い、居ても立ってもいられず、こちらにお邪魔したのです。失礼をお許しください」

一気に梨湖がそう言って、柊二と一緒に深々と頭を下げた。

 

「あぁ~君たちが?夏妃ちゃんから話を聞いていたよ!イベントは大盛況だったそうじゃないか?麻琴ちゃんは、美味しい物をたくさん食べたと喜んでいたな」

栗生姉がそう言うと、すかさず亮介が頭を下げ先程の無礼を詫びた。

康平は自分が夏妃の夫であると言い、栗生姉や亮介を紹介した。

柊二は、盗み聞きしたようで申し訳ないと改めて謝り、前回も来ていた事を伝え浪漫函館のブログが無くなるという事で、改めて文筆堂のホームページを作るなら自分たちにも手伝わせてほしい、野本直美と一緒に仕事をしたくてお願いに来たのだと一生懸命に訴えた。

 

《プレゼンじゃないんだけどな!でも熱意はよく伝わるし、若いのにイベントをやるなんて大したものだ。歳は直美ちゃんぐらいか?若い子たちには悪いけど、こういう同年代の若者が居れば直美ちゃんも助かるだろう。正直言って僕や康平さんでは文筆堂の手伝いは出来ないからな》

亮介は、柊二や梨湖が文筆堂を尋ねて来てくれた事を素直に喜んでいた。

 

《夏妃、直美ちゃんの片腕になる若者たちが来たぞ。きっと尾崎先生が居たら、そう言って喜ぶだろう。こうして直美ちゃんのおかげで文筆堂に新しい仲間が加わる。それも主力となるメンバーだ。夏妃、早く文筆堂に来てくれ》

康平は、野本直美という魅力を改めて思い知らされた。

 

《この場に直美ちゃんや尾崎先生が居てくれてら良かったんだけどな。そしたら、直美ちゃんも気持ちが楽になったはずだ。夏妃ちゃんや麻琴ちゃんは仕事がある。奏ちゃんたちはまだ若いし学校がある。直美ちゃんと同年代で、アクティブに動けるこの2人が仲間になってくれたら、函館の未来も変わるだろう?そうだろ、直美ちゃん》

栗生姉は、柊二や梨湖を文筆堂の新しい仲間として認めていた。

そして、この場に野本直美や尾崎が居てくれたら、どんなに素晴らしいことだろうと思った。

 

「私たちが来た時に、ちょうどお話が始まり、悪いと思いながらそこで全部お話を聞いていました、申し訳ありません!私たち、野本直美さんに憧れてここまで来ました。実は、これまでに何度か文筆堂の近くまで来ていたのですが、どうしても辿り着けなかったのです。先程のお話ではマヨイガのような現象によるものだとお聞きしましたが、私たちの意見は違います。それは、自分たちが文筆堂の中に入れる資格を得ないといけないのだと思うのです。函館を愛する心だけではない、自分たちがどう函館と向き合っていくのか?何が出来るのか?そのような志がなければ文筆堂には入れない。仲間になることも出来ない。そうじゃないでしょうか?野本直美さんや尾崎先生は石川啄木の意志をついで函館に骨を埋める覚悟だというのを耳にしました。きっと、啄木だけではない!箱館を命がけで守った土方歳三の想い。やがて、五稜郭の戦いが終わり箱館から新しい時代と共に今の函館を作り上げた先人たちの意志も、野本直美さんや尾崎先生は次の世代へと引き継ごうとしているのではないでしょうか?そんなお二人の志の高さを、生半可な気持ちのままで理解しようとしても無理です。想うだけではダメなんです!同じような覚悟を持つことが必要なんです。私たちは、皆さんの足元にも及びません。でも、全力で野本直美さんを支えます!皆さんのお手伝いもします。何でもやります。どうか、私たちを文筆堂の仲間にして下さい!どうかお願いします」

梨湖が涙ながらに一生懸命に訴える姿を見て、柊二は胸が熱くなった。

梨湖の後を追い函館に来て良かった。まるで梨湖は野本直美さんのようじゃないか?だったら僕は尾崎先生になればいいのだ。梨湖をどこまでも支えていくよ》

柊二は、人生でこれほどまで感動した事はなかった。

 

栗生姉と康平と亮介、《自分たちは、直美ちゃんや尾崎先生が函館から居なくなる事ばかり考えていたのだ》と思い知らされた。

夏妃や麻琴が泣いてうなだれる姿を見て、康平も亮介も自分の愛する人のためにどうにかしなければと思っていた。

栗生姉は、尾崎という頼りになる同年代の親友が出来たことに喜び、函館を去るという事で心にポッカリと穴が空いたような気持ちだった。

それなのに、この若者たちはどうだろう?

まるで、出会った頃の直美ちゃんや尾崎先生みたいじゃないか?

栗生姉と康平と亮介は、自分たちこそ何もない空っぽの人間だと恥じた。

《直美ちゃんに、とやかく言う資格なんてないじゃないか?》

3人は同時に同じ事を思い、顔を突き合わせた。

 

栗生姉はおずおずと、梨湖に尋ねた…

「僕らの話を聞いていたそうだけど、正直言って直美ちゃんの事はどう思ったのかな?僕らの話を聞く前と後では、直美ちゃんに対する想いは変わったんじゃないのかい?」

栗生姉がそう言うと、康平と亮介は大きくうなずいた。

「私たちの野本直美さんへの想いは変わりません!むしろ、もっと野本直美さんや尾崎先生を尊敬するし、ご一緒にお仕事をさせていただきたい気持ちはますます大きくなりました。野本直美さんが座敷童子の生まれ変わりなら、だからこそ私たちはこうして出会えたのだし、そのままに文筆堂にとっても皆さんにとっても函館にとっても、良い事しか起きません。こんなにも素敵なことを経験できるなんて、たぶんもう無いと思うのです。函館を想う皆さんのお気持ちが文筆堂をパワースポットのような場所にしているのです。現に、私たちは今こうして文筆堂の中に入ることが出来ました。何も悪いことも変なことも起きていません!だから、今の野本直美さんは函館人である野本直美さんなんです」

 

《そうか、そういう考え方があるのか?確かにこれなら誰もが納得するだろう!奏ちゃんたち若い子たちがどう思うのか?と心配だったが、きっと同じように想ってくれるかもしれない》

栗生姉は、そう確信し大きくうなずいた。

 

《やはり直美ちゃんと同年代なだけあるな、それにしっかりとした考えと意志を持ち合わせているじゃないか!こういう若い世代が函館の未来を背負っていくのだ。こんな頼もしい事があるだろうか。これで直美ちゃんも気が晴れるだろう》

康平は、思わず笑顔をこぼしていた。

 

《直美ちゃんも、この梨湖という女の子のように積極的だと良いのに。ちょっと頑固過ぎるところは真琴に似ているかもしれない。それにしてもスタイルも良く綺麗な女の子だ。モデルでもやっているのかな?これは観光協会が黙っていないだろう》

亮介は、目を細めて梨湖を見ていた。

 

「えっ!?臨時休業って張り紙があるよ!」

一足先に文筆堂に駆け寄った松原みのりが驚いて声を上げた。

今では、いつも5人で文筆堂へと足を運ぶのだが、必ず途中から松原みのりが先に走り出す。

野本直美が居るのを確認するためだと、皆んなは分かっていた。

「今日が休みって、栗生姉にいさんは言ってなかったけどな。亜弓ちゃん何か聞いてる?」

「いえ、私は何も。卓也くんも聞いてないよね?」

奏太朗の問い掛けに、青田亜弓が答える。

「ねぇ~中から話し声が聞こえるよ!女の人の声も…」

そう言いながら、冬果が入り口に耳を当てている。

「きっと何か準備しているんだよ。私たちも手伝わないと」

そう言って、松原みのりが中へと入って行くので、奏太朗と冬果、青田亜弓と桐山卓也も後を追いかける。

 

「直美ちゃんは、今では函館人か!そうだね、誰よりも函館人だよ直美ちゃんは。そして尾崎先生もね。直美ちゃんが聞いたら、素直に喜ぶだろうね。自分が座敷童子の生まれ変わりで文筆堂や皆んなに迷惑をかける!なんて、一人で悩み苦しみもがいているけど、真面目過ぎるんだよ直美ちゃんは。そして誰よりも優しい心の持ち主だ。生まれたての赤ちゃんのように直美ちゃんの心は真っ白でキレイで、函館や仲間を想い、尾崎先生をいつも大切に考えているのだ。僕らは、そんな直美ちゃんの悩みも心の中の葛藤も分からずにいたのだよ。本当に申し訳ないことをしたよ。直美ちゃんや尾崎先生が岩手へ帰ると言うなら、僕らは何も言えないじゃないか!そうだろ?また函館に戻って来れるように今まで以上に僕らはやるべきことがあるんだよ。直美ちゃんや尾崎先生がいつでも戻って来れるように、頑張ろう!それこそ僕らが直美ちゃんや尾崎先生に出来る恩返しだ」

栗生姉の言葉に、誰もが口をつぐんでいた。

でも、このままで良いはずはない事も分かっていたが、上手く伝えるすべもなく答えを見つけ出そうとしていた。

 

夏妃と麻琴は、尾崎に連絡をとり家に向かった。

野本直美は、疲れてソファーの上で横になっていた。

玄関先で、麻琴が尾崎に野本直美に酷いことをしたと何度も何度も謝っていた。

尾崎が制したが、麻琴は自分が直美ちゃんを傷つけたと泣いてしまい、夏妃が黙って麻琴を抱き寄せて背中をさすっていた。

野本直美は、ようやく外から聞こえる声に驚いて顔を上げた。

ちょうどその時、尾崎に呼ばれた。

 

夏妃と麻琴は尾崎に言われ、リビングへと入っていくと、そこには憔悴しきった野本直美が居た。

それを見た夏妃と麻琴は野本直美の前で土下座し、泣きなから謝った。

「直美ちゃん!どうか岩手に帰るなどと言わないで。今まで以上に、私と麻琴ちゃんが文筆堂を支えていく。だから直美ちゃんと尾崎先生は自分たちのやりたい事をしてほしい。直美ちゃんには函館で夢を追いかけてほしい。私たちは、直美ちゃんの悩みを分かっていなかった、本当にごめんなさい。頼りないけど、これからは本当の姉妹としてどうか私たちに甘えてほしい。函館には直美ちゃんの兄や姉や妹や弟がいるの。大丈夫、これからは私たちが全力で直美ちゃんを支える!だから、尾崎先生と一緒に函館でやろうとしている事を私たちに手伝わせてほしい」

夏妃は一生懸命に野本直美の心に訴えた。

それは、麻琴と一緒に自分たちが何をすべきが相談した事であった。

 

「直美ちゃん、ごめん!本当にごめん!あの時は、あんな風にしか言えなかった。ちゃんと理解していたつもりでも、直美ちゃんは尾崎先生と岩手へ帰ると言うので、悲しみの方が強くて直美ちゃんや尾崎先生を悪くしか言えなかった。だからといって、直美ちゃんや尾崎先生に対して嫌いだなんて言った自分は許されることではない。去るのは直美ちゃんでも尾崎先生でもない私が文筆堂を去ればいいのだと、夏妃ねぇさんに言った!そしたら、夏妃ねぇさんに怒られたよ。私たちにはやるべき事があるってね。私と夏妃ねぇさんは、これから栗生姉にいさんと文筆堂を支えていく。直美ちゃんと尾崎先生には、函館の未来だけでなく若い子たちが忘れている日本人の心とも言うべき自然の豊かさや、人を愛する優しい心、函館の歴史や日本の原風景ともいえる2人のふるさとである岩手を、日本中にいや世界中の若者たちに伝えてほしい!函館の街を作った先人たちのように、平和で幸せな世界をここ函館から作り出してほしい。それが出来るのは直美ちゃんと尾崎先生しかいない、そして奏ちゃんたちがその意志を継いでいく。だから、奏ちゃんたちの為にも直美ちゃんは函館に居てほしい」

麻琴は、最初から頭を床につけた状態で時折、野本直美の顔を見ようとしたが涙でよく見えなかった。

 

野本直美は、夏妃や麻琴の言葉を黙って聞いていた。

夏妃と麻琴の後には、尾崎が居てやはり2人の言葉に耳を傾けていた。

野本直美は、精神的な疲れから言葉を出せないでいた。

夏妃と麻琴の話が終わり、いや終わったというより2人ともこれ以上は話すことが出来なくなり、頭を垂れて涙を流すしかなかったのだ。

尾崎は、夏妃と麻琴の背中に向かい野本直美が今は話ができない状態である事を告げた。

「エッ!」と同時に、尾崎を振り返った夏妃と麻琴は、両脇からそれぞれ野本直美を抱きしめていた。

 

松原みのりが中へと入って行くと、そこでは野本直美の出生の秘密について語られ、野本直美と尾崎先生が函館を去るという事で、栗生姉と康平と亮介が真剣な眼差しで話し合っていて、何故か見たことがない女性と男性が野本直美について一生懸命に訴えていた。

松原みのりの後から入って来た、奏太朗と冬果、青田亜弓と桐山卓也は言葉を失い呆然と立ち尽くしていた。

話の衝撃性もさることながら、どう理解して良いのか分からず、頭の中で同じ言葉を繰り返すだけだった。

 

尾崎は、夏妃や麻琴に声を掛けた。

「夏妃ちゃん、麻琴ちゃん、これから文筆堂に行かないか?もちろん、直美ちゃんも一緒だ!いつまでも泣いていても何も解決しない。夏妃ちゃんや麻琴ちゃんがこうして直美ちゃんの為に泣いてくれる。もう十分だよ。そうだろ、直美ちゃん!もうこの問題にいいかげんに終止符を打つべきだ。このままでは誰も幸せになれない。こんな事になったのも全ては、僕の責任だ!僕が、直美ちゃんの気持ちを皆んなに対する心遣いを封印してしまったのだ。だから悪いのも責められるべき相手は僕なんだ」

尾崎はひざまずいて頭を下げた。

野本直美が必死に何かを言おうとしていたが声が出ず、泣きながら頭を左右に振っていた。

それを見た夏妃が、野本直美の言葉を代弁するように口を開いた。

 

「尾崎先生、誰も尾崎先生を悪く言う人はいません!私たちは、直美ちゃんや尾崎先生に甘えすぎていたのです。文筆堂に集まりワイワイガヤガヤしていれば、それだけで楽しかった。やがて若い子たちも増え、これまでにない賑わいの中、私たちは文筆堂での原点ともいえるテーマを忘れていました。直美ちゃんや尾崎先生が居れば全てが上手くいく、そう思っていました。面倒なことは若い子たちにやらせて、難しい事は直美ちゃんがやってくれる。私たちは、いつの間にかそんな風に思うようになっていたのです。そうでしょ、麻琴ちゃん?栗生姉にいさんも同じです。尾崎先生に店番をさせるなんてどうかしています。でも、私たちも栗生姉にいさんと同じだったのです。これがキッカケで尾崎先生が私に直美ちゃんの秘密を打ち明けてくれました。あの日、私が文筆堂に行かなければ、このような展開にならなかったのではないですか?たぶん、尾崎先生は私だけでなく誰にも直美ちゃんの事を話せずに、このまま時が流れていったと思います。しかし、直美ちゃんと私たちが出会うことは、直美ちゃんが人間になる決心をした時にもう決まっていたはずです。それを今さら、否定する事は出来ないと思います。私たちが、こうして函館で出会う運命という時間の中で直美ちゃんが現れた!だったら、出会った時から新しい時間が流れているのではないですか?尾崎先生が悪いのではない、もちろん直美ちゃんが悪いのではない。運命に従う直美ちゃんと尾崎先生に対して、私たちがもっと早く気が付いて一緒に行動するべきだったのです。私たちは何度も函館で出会いを繰り返しているはずです。でも気が付かなかった。それを気が付かせてくれたのは、直美ちゃんなのです!私と麻琴ちゃんはそう理解しています」

麻琴は、ただウンウンと大きく頷くことしか出来なかった。

本当は自分の口からそう言いたかったが、それが出来る状態ではない事を夏妃が察して代弁してくれた。

さすがは、夏妃ねぇさんだ!そう想う、麻琴であった。

 

松原みのりが、シーンと静まる文筆堂のサロンに入って来た。

その後を、奏太朗たちが遠慮気味に入って来る。

栗生姉にいさん、直美ねぇさんと尾崎先生が岩手に帰るって、どういう事ですか?私たち、何も聞いていません!ちゃんと説明して下さい」

松原みのりが怒っている姿を初めて見た冬果と青田亜弓は、思わず後ずさりしてしまう。

「あのー直美ねぇさんが、座敷童子だとか言うのはホントですか?」

桐山卓也が、居ても立ってもいられず思わず口を出してしまう。

「卓也くん、今はそんな事はどうでもいいでしょ!直美ねぇさんは、直美ねぇさんなの。そうでしょ冬果ちゃん?亜弓ちゃん?奏太朗にいさん?私たちは、直美ねぇさんのような優しくて素敵な女性になるって、さっきそう決めたじゃないの?何で、みんな黙っているの?おかしいよ、奏太朗にいさん何とか言ってよ」

松原みのりが感情をあらわに叫ぶ姿に、文筆堂のメンバーは驚くばかりだった。

 

しかし、その場に居合わせた梨湖と柊二は、満面の笑顔で松原みのりに近づいた。

梨湖が優しく松原みのりの手を取ると、自己紹介をした。

「私は梨湖、こちらが柊二。私は函館で生まれて東京の大学に行った。思春期の頃は自分が生まれた函館の街が嫌いだった。小さくて何もなくて、とにかく東京に行けば自分の中で何かが変わると思っていた。大学に通いながらモデルの仕事をやり、チヤホヤされている自分に酔っていたのかも?ある日、柊二と喧嘩した!函館を全く知らない柊二に頭にきたの。雑誌にちょっと紹介された函館の記事を見て、喜んでいる姿に腹が立った。函館はそんな街じゃない!私は、自分の言った言葉に驚いた。あんなに嫌いで函館を飛び出て来た自分は、本当は函館を愛していたこと。上辺だけの観光地じゃない、函館には長い歴史や偉人たちの想い、豊かな自然やそこに住む人たちの人情があることを柊二に知ってほしかった。そこまで分かっていながら、函館の良さを伝える事が出来なかった自分自身に腹が立ち、柊二に八つ当たりしてしまった。私は大学を卒業してモデルの仕事も辞めて函館に帰って来た!函館のために仕事がしたい、自分が函館のために何をするべきか?その答えを見つけたい。そう言って、柊二と別れて一人で函館に帰ろうとした。しかし、柊二は仕事を辞めて私と一緒に函館にやって来た。そこで、私たちはHAKODATEEatというイベントをやった。私たちには、それが精一杯の仕事だった。でも、直ぐに違うと気がついた。私がやりたかった事、いや私たちが函館でやろうと思ったのはこんな事ではない!そんな事を考えている時に、イベント会場で夏妃さんと麻琴さんに出会った。頂いた名刺にはクリオネ文筆堂と書かれていた。その後モヤモヤしている中、夏妃さんや麻琴さんに会えば何か答えが見つかるかも?そんな軽い気持ちで文筆堂に行こうとした。でも、何故か私たちはチャチャ登りまで来ても、辿り着けなかった。自分たちが本当にやりたい事も定まらないまま、私たちは野本直美さんのブログ・浪漫函館を見つけた。そこには、私たちがやりたい事の全てがあったし、函館を愛する心がひしひしと伝わり、その気持ちが嬉しかった。野本直美さんの浪漫函館が無くなるというので落ち込んだけど、これからは文筆堂のホームページを作りそのカテゴリーの中で浪漫函館を続けるというので、私たちも一緒に仕事がしたい!文筆堂の仲間に入れてほしいと直談判に来たんだ」

そう言うと梨湖がニッコリと笑う。

 

誰もが、梨湖の笑顔に癒やされた。

《さすがだな!東京でモデルをやっていただけの事はある。スタイルや服のセンス、顔の筋肉を細かく使う誰にも真似できない微笑み。それも作り笑いではない、函館を語る時の嬉しさに満ちた自然の笑顔。この子は本当に函館が好きなんだ。直美ちゃんが座敷童子の生まれ変わりなら、この梨湖という子は直美ちゃんの生まれ変わりじゃないか?》

康平は、素直にそう思ったが、シーンと静まり返った文筆堂では、誰もが梨湖の美しさに釘付けだった。

康平が亮介を軽く小突くと、ハッと我に返った亮介が…

「松原さん、そして君たち。そういう事だ!君たちが直美ちゃんをどう想いどう感じるかは自由だ。びっくりして言葉が出ないのも分かる。でもね、直美ちゃんはすっとこの事で悩み傷ついてきたのだよ。それを支えてきたのが尾崎先生なんだ。そして文筆堂や皆んなを守るために尾崎先生は直美ちゃんに黙っているようにと説得した。時が来たら自分が話すからと。大切な話をするというのは、こういう事なんだよ。話す順番もある、君たちは教えてくれず後回しにされたと怒るかもしれないが、いつものワイワイした雰囲気の中で話すことだろうか?そんなタイミングで話したら、直美ちゃんはもっと傷つくのではないかい?それに、麻琴なんかは口を開いた尾崎先生を責めるだろう。直美ちゃんが自分自身より大切だという尾崎先生をみんなが責めたら、直美ちゃんはどうなる?函館に来たこと、人間に生まれ変わった事を後悔するだろう。直美ちゃんはね、尾崎先生のために人間になったのではないんだよ!われわれに会うために、座敷童子の世界の禁忌を破って人間に生まれ変わり函館にやって来た。もちろん尾崎先生が居たからだ。でも、それだけではない。人間に生まれ変わった時から、われわれとの絆が生まれ尾崎先生やこれから出会う皆んなが住む函館を愛し、そのために自分が函館の未来を背負う覚悟を決めたのだ。君たちにとって、直美ねぇさんはどんな人だ?さっき松原さんが言っていたが、一人の人間として女性として憧れるだろう?同じように、こうして梨湖さんや柊二さんという直美ちゃんと同じ志を持つ仲間が文筆堂にやって来た!こんな素晴らしいことは、たぶんもう二度とないだろう。後は、それぞれが自分の胸に手を当てて考えるんだな。僕らは、君たちがどういう考えを持とうが非難しないし怒らないよ」

 

亮介の話を終わるころ、栗生姉のスマホが鳴った。

ウンウンと話をする栗生姉は、立ち上がり全員の顔を眺めながら伝えた。

「これから、直美ちゃんと尾崎先生がやって来る。夏妃ちゃんと麻琴ちゃんもだ」

大きくゆっくり噛みしめるように話す栗生姉の言葉に、全員が緊張した。

対象的に梨湖と柊二は、野本直美にようやく会える事の喜びで一杯だった。

 

《もし直美ねぇさんが岩手に帰るなら、私も連れて行って下さい!と顔を見たらそう言うだろう。自分が高校生でなければ、今日初めて会った梨湖さんのような立場なら、私はどこまでも直美ねぇさんに着いていくだろう》

松原みのりは、野本直美が座敷童子の生まれ変わりだとか、どうでも良かった。

 

《僕と直美ねぇさんとは市電で出会った!冬果とも市電で出会った。もし、冬果がテスト期間中でなくて石川啄木の一握の砂を渡してくれなかったら、僕と直美ねぇさんは会わなかったのだ、そして尾崎先生とも》

奏太朗は市電で初めて野本直美と出会った時に、ただの偶然とは思えない運命の出会いだと感じていたのを思い出した。

 

《奏ちゃんが直美ねぇさんと出会った時に、岩手の人だから直美ねぇさんは座敷童子の生まれ変わりなんだよ!と、奏ちゃんに言った。確かに、そう言った、そしてこれが現実となった。運命との出会いと言うけれど、私と奏ちゃんが出会ったように。私と直美ねぇさんはいつか出会う運命だったのだ》

冬果は心のモヤモヤが晴れるのを感じ、初めて野本直美に会った日のことを思い出した。

 

《みのりちゃんの直美ねぇさんを想う気持ちは、きっと良い結果を生んでくれる。私だって同じ気持ちだし、卓也くんもきっと。今でも忘れない、直美ねぇさんに注意された時のことを、あれからみのりちゃんは変わった。私も、みのりちゃんに負けないくらい直美ねぇさんが好き》

青田亜弓は、胸が熱くなる強い鼓動を感じた。これが、尾崎先生の言う縄文の血であり受け継がれた想いなのだ。今、私は直美ねぇさんとシンクロしている。

 

《みのりちゃんもそうだけど、梨湖さんという女性との出会いも、直美ねぇさんのおかげなんだよな!こんなにも素敵な女性たちを引き寄せる直美ねぇさんは、やはり座敷童子なんだ。ただキレイな女性というのではない、上弦の美しさと優しさを兼ね備えた野本直美という一人の人間に生まれ変わったんだ。これは奇跡や魔法ではない、函館の街が直美ねぇさんを変えたんだ》

桐山卓也は、興奮する気持ちを抑えながら、野本直美がやって来るのを今か今かと待った。

 

栗生姉は、改めて梨湖と柊二を、松原みのりたちに新しい文筆堂の仲間だ!と紹介した。

梨湖と柊二は文筆堂の仲間になれた事に感謝し、ヨロシクと頭を下げた。

奏太朗が「梨湖ねぇさん!柊二にいさん!」と呼ぶと、梨湖と柊二は「それは、やめて~!」と同時に言うので、笑いが起こった。

文筆堂に久しぶりに笑顔が戻った瞬間だった。

 

松原みのりは、奏太朗と冬果、青田亜弓と桐山卓也、一人一人の顔を真剣な目で見ては大きく頷いていた。

誰も何も言わないが、しっかりと目を合わせて意思疎通が出来ている。

《松原さんは、また一歩成長したな。今では奏太朗くんよりもリーダシップを発揮している。直美ちゃんが見たら泣いて喜ぶだろう》

亮介は、頼もしさを感じた。

 

栗生姉にいさん、康平にいさん、亮介にいさん。私たちは、直美ねぇさんの事を決して嫌いになったりしません!むしろ、今まで以上に好きになりました。私たちは、直美ねぇさんのおかげで出会い友達になれたのです。こんな私たちを夏妃ねぇさんや麻琴ねぇさんは、文筆堂に迎え入れてくれました。尾崎先生には、たくさん学校では学べない事を教えてもらいました。亜弓ちゃんが感動したというアイヌと縄文のお話、そして直美ねぇさんが言うピリカ・ウヌカルの言葉の意味。そして、今こうして梨湖ねぇさんや柊二にいさんという素敵な人に出会った。これ全部、直美ねぇさんのおかげなんです!私たちは、絶対に直美ねぇさんと尾崎先生を函館に引き止めます。にいさん、ねぇさんたちが岩手に帰ることを賛成しても、私たちは絶対に認めません。きっと、梨湖ねぇさんや柊二にいさんも賛成してくれます。それでも、直美ねぇさんや尾崎先生が岩手へ帰るなら、私一人でも一緒に付いていきます!絶対に離れません」

松原みのりは、大きな目に涙を一杯にためて、最後は叫んでいた。

 

梨湖は、今日初めて会った松原みのりを力強く抱きしめた。

すると、冬果と青田亜弓も「みのりちゃん!」と言いながら駆け寄って行った。

柊二は、奏太朗と桐山卓也と力強く握手した。

栗生姉と、康平、亮介は、パチパチと拍手をして、松原みのりの言葉に奏太朗と冬果、青田亜弓と桐山卓也の想いを受け取った。

「これが、ここに居る皆んなの意見だ!そうだろう?文筆堂の仲間は、直美ちゃんや尾崎先生を今まで以上に尊敬し、函館で仕事をしてもらわないと困るということだ。そして、全力で協力し支え合うのだ。これは文筆堂の新しいスタートだ!」

栗生姉は力強くそう言うと、全員が拍手し歓声が上がった。

 

「お待たせして、申し訳ない!」

そこへ、尾崎が顔を出した。

先程まで活気を取り戻していた文筆堂だったが、尾崎の登場に空気が一変した。

見慣れた穏やかな表情は消え険しい顔つきの尾崎に、文筆堂はピンと張り詰めた空気に変わった。

その後ろから、夏妃と麻琴にそれぞれ両脇を支えられた野本直美がゆっくりとした足取りで入って来た。

野本直美が少しよろめくと、「直美ねぇさん!」と松原みのりが飛び出して来た。

誰もが尾崎と野本直美の変わりように驚いている中、栗生姉は数時間前に会った時とは別人のような2人に背筋が凍るような恐ろしさを感じていた。

「直美ねぇさん!直美ねぇさん!」と野本直美に抱きついて離れない松原みのりだったが、夏妃も麻琴も野本直美の体を支えるので精一杯だった。

見かねた梨湖が、松原みのりを優しく離した。

 

栗生姉は一歩前へ出ると、皆んなの顔を眺めてから口を開いた。

「直美ちゃん、尾崎先生。よく来てくれた!ここまで来るにはいろんな葛藤があっただろう。僕らなりに、それは理解しているつもりだ。もちろん、直美ちゃんの想いもそれに対する尾崎先生の想いも、僕らは受け止めこれまで何回も話し合った。個人的には、僕は直美ちゃんも尾崎先生もこうと決めたらその意志に従い行動すればいいと思っている。誰も邪魔をする権利はない!それが僕の意見だった。でも皆んなは、直美ちゃんや尾崎先生の意志を尊重しながらも函館に残ってほしい。岩手に帰らないでほしいと言っている。今は、僕もそう思う。誰一人、直美ちゃんが座敷童子の生まれ変わりだからと拒否反応をする人はいなかった。むしろ、今まで以上に直美ちゃんや尾崎先生を尊敬し好きになったと言っている。直美ちゃん、尾崎先生、よく教えてくれた。ずっと黙っている事の辛さ、隠し通す事の恐怖感。どれほど大変な気持ちで過ごして来たことだろう?水臭いじゃないか。もっと早くに素直に言ってくれれば良いものを。しかしね、直美ちゃん、尾崎先生。今日は文筆堂に新しい仲間が加わった!梨湖さんと柊二くんだ。直美ちゃんの浪漫函館のブログ終了の記事を見て、居ても立っても居らす文筆堂にやって来た。最初は自身のイベントで会った夏妃ちゃんと麻琴ちゃんに会いに来るはずだったが、どうしても文筆堂には辿り着けなかったそうだ。しかし、直美ちゃんの事を知り直美ちゃんと一緒に仕事がしたい!という強い想いが2人を文筆堂に導いてくれた。これこそが、文筆堂のエネルギー源であり、決して直美ちゃんが原因のマヨイガ現象ではないと証明してくれた。それに、梨湖さんと柊二くんは直美ちゃんの事は全て知った上で、一緒に仕事がしたい、文筆堂の仲間にしてほしいと申し出てくれたのだよ。もちろん奏ちゃんたちも同じだ。直美ちゃんは先走り過ぎたようだな?でも、尾崎先生はこういう結果になる事を分かっていたはずだ。しかし、直美ちゃんの気持ちを尊重したい。直美ちゃんの苦しみを少しでも和らげてあげたい。だから悪いのは全て自分なんだと言いたいのだろう?尾崎先生だけが直美ちゃんを見てきたのかい?もちろん、直美ちゃんとの絆や過ごした時間は、われわれには到底及ばない。しかし、直美ちゃんを想う気持ちは尾崎先生と同じだよ。みのりちゃんは、直美ねぇさんが岩手に行くなら皆んなが賛成しても自分ひとりでも全力で止める。それでもダメなら一緒に岩手に着いていくと言っているんだよ。きっと、梨湖さんと柊二くんも同じ考えだろう。どうか、梨湖さんと柊二くんという新しい仲間が増えた文筆堂のためにも、力を貸してほしい。今日が、新しい文筆堂のスタートとなるんだ!直美ちゃんは文筆堂の新しいホームページを作るんだろ?梨湖さんと柊二くんがぜひ手伝いたいと言ってくれている。忙しくなるんだよ、文筆堂は!直美ちゃんと尾崎先生が欠けるとやっていけないじゃないか?そうだろ、夏妃ちゃん麻琴ちゃん?尾崎先生に店番を頼むほど、僕も忙しいのだよ。このせいで、夏妃ちゃんが怒って康平さんに僕が叱られて、こんな事になってしまったのだ。すまないな、みんな!僕の優柔不断が原因で、直美ちゃんや尾崎先生には辛い思いをさせてしまった。お詫びに、僕のおごりでケレーとクリオネ・スタイルを出すからそれで勘弁してくれ。さぁ~奏ちゃんに冬果ちゃん、亜弓ちゃんに卓也くん手伝ってくれ!みのりちゃんは直美ちゃんの側に居てくれ。夏妃ちゃんと麻琴ちゃんは尾崎先生に梨湖さんと柊二くんを紹介してくれ。康平くんと亮介くんはテーブルや椅子を並べてくれ。さぁ~さぁ~突っ立っていないで、動く動く。仕事をしない人にはケレーは無いぞ!」

 

栗生姉の大演説が終わると、麻琴が口を開いた。

「栗生姉にいさん、私と冬果ちゃんはケレー大盛りだからね!奏ちゃんにはクリオネ・スタイル大ジョキだよ。後片付けは、梨湖ちゃんと柊二くんにお願いしよう、最初のお仕事だ」

麻琴がようやく笑顔になったので亮介は胸をなでおろした。

康平は夏妃にウインクすると、夏妃は笑顔で返した。

麻琴の言葉で、文筆堂は明るさを取り戻し、いつもの賑やかな雰囲気が戻った。

夏妃はケレーについて、梨湖と柊二に説明していた。

松原みのりは、「直美ねぇさん!直美ねぇさん!」と何度も名前を呼んでいた。

それに答えようとする野本直美だが、相変わらず声が出ないのでしっかりと松原みのりの手を握っていた。

 

やがてケレーも出来上がり全員が食べ終わると、尾崎が野本直美に起立を求めた。

そして、尾崎がこれまでの感謝を全員に伝え、野本直美が精神的な疲れから声が出ない事を説明した。

そして、野本直美の代わりに自分が代弁すると言い、自分たちの考えを語った。

「皆さん、今日はどうもありがとう!そしてお騒がせしたことを謝ります。申し訳ありません。栗生姉さんならび、文筆堂の皆さんからの温かい言葉や励ましさに、ただただ感謝するだけです。そして、新しく梨湖さんと柊二さんに会えたことは私たちにとっては節目ともなるべき事かもしれません。私たちは、これからも函館を愛し文筆堂の皆さんと夢を共にしていく事になんら変わりはありません!どうか、ご安心ください。私が、言うのもおこがましいですが、今回の件で皆さんと本音で語り合えたことが最大の成果であり、今後の文筆堂にとっての財産になるのではないでしょうか?私たちは、これからも函館で自分たちが出来ることを模索していきます。ただ、野本直美の体調が回復するまで、私たちは文筆堂に来るのはご遠慮いたします。そして、改めて野本直美の体調が完治いたしましたら、本人から必ずやご説明をいたします。どうかそれまで、野本直美に安らぎの時間を与えて下さい。どうかお願い致します!私たちの話はこれで終わりです。どうも、ありがとうございます」

 

栗生姉は、全員を見渡してから一人ひとりの名前を呼び真意を確かめた。

「直美ちゃん、尾崎先生、これで分かったと思うが全員が同じ意見だ!われわれは、直美ちゃんの回復を心より祈るし、文筆堂はこれからも直美ちゃんと尾崎先生と共に歩む。そうだろ、皆んな!」

そう言うと、皆んなが歓声を上げ大きな拍手をした。

 

栗生姉の頬には、一筋の涙が光っていた…

尾崎先生は、何度も何度も「ありがとう!」と頭を下げていた…

夏妃は、麻琴と抱き合いながら涙が止まらないでいる…

麻琴は、「夏妃ねぇさん!夏妃ねぇさん!」と大粒の涙を流した…

康平は、亮介と力強く握手をした…

亮介は、流れそうになる涙を必死に堪えながら、野本直美の回復を祈った…

梨湖は、自分たちが認められた事を素直に喜び柊二と抱き合った…

柊二は、梨湖の喜ぶ姿を見て胸が熱くなり、今日という日を大切にすると誓った…

奏太朗は、自分たちも早く大人にならなければと思い、冬果の手を握った…

冬果は、松原みのりが成長した分、早く自分も成長したいと心に誓った…

青田亜弓は、文筆堂のメンバーになれたことに感謝し、これからも頑張ると決意した…

桐山卓也は、青田亜弓の後を追うのでなく自らも進んで何かをしようと決めた…

松原みのりは、尾崎先生のように自分も野本直美を支えると心に決めた…

 

野本直美は、改めて自分は一人ぼっちではないのだと実感した。

尾崎の側に居るだけで幸せだと思っていたが、自分には兄や姉や妹や弟が居て、自分と同じ年齢の梨湖という親友が出来た事を素直に受け入れ喜んだ。

函館に来たのは、このような繋がりがあり運命的なものであったと、改めて実感した。

《もう、これっきり私は泣かない!私が泣けば尾崎先生や皆んなに迷惑がかかる。私は、これからも函館を尾崎先生や皆んなを愛して生きてく。文筆堂が新しいスタートとなるなら、私も同じ新しい人生のスターとなる。全力でゴールまで走り続けていく。私には尾崎先生、いやサトちゃんがいる!そして、皆んながいる。もう、前しか見ないし後を振り返らない。悲しい想いはもう捨てた。皆んなの笑顔のためにも、私にはやるべきことがある》

野本直美は、大きく頷くと小さな声で「ありがとう!」と言った…

 

END

 

あとがき…

野本直美と尾崎先生というキャラクターは、僕が高校時代に放送部のラジオドラマの脚本から生まれました。

当時は、舞台は函館ではなく、都市化が進み変わりゆく現代に、自然の豊かさや忘れられようとしている日本人の心とも言うべきものを、警告するために座敷童子(野本直美)が人間世界へ現れた!というテーマでした。

しかし、そのような構想を持ってしても、ラジオドラマの時間枠の中では表現するのは難しく、私の脚本もテーマはそのままで、野本直美と尾崎先生がだんだん恋をし、やがて野本直美はふるさとに戻り、尾崎先生が長い間帰っていない郷里のことを思い出すというストーリーとなりました。

その後、ぴいなつちゃんや美蘭さんのアドバイスにより、物語の舞台を函館にして野本直美と尾崎先生の函館ストーリーが生まれます。

人間に生まれ変わった野本直美ですが、知り合いと呼べる相手は尾崎先生しかいません!

大変な試練を乗り越えてまでして人間になったのに、このままでは野本直美が不憫でなりません。

そこで、市電の中で奏ちゃんと出会わせました。

やがて、冬果、麻琴、夏妃と野本直美と友達の輪は広がっていきます。

これまでの函館ストーリーの登場人物たちが生き生きと動く、文筆堂の世界で野本直美や尾崎先生も活躍していくのです。

 

しかし、物語には必ず終わりがやって来ます!

文筆堂物語も、なんとなくダラダラとワチャワチャと、それだけになってきたのでこの辺りでピリオドを打とうと思いました。

それで、今回の野本直美の出生の秘密のストーリーで、一旦は終わりとさせていただきます。

 

とはいえ、これほどのキャラクターたちが黙っているはずもなく(特に、麻琴や冬果)。

いずれは、このような長編ではなく短編で登場するはずです。

その時は、どうぞ温かく見守って下さい。