前回、桐山くんが青田さんに「好きだ!」と告白してから、ここ文筆堂では男同士で語り合う時間が増えたようです…

今回は、前回の続きから始まる男性同士による、恋バナ編をお楽しみ下さい! 

箱館ストーリー「箱館クリオネ文筆堂物語」~男子恋バナ編~

 

僕が、同級生の青田亜弓に「好きだ!」と告白してから、僕の心も周囲の環境も大きく変化している。

何より、転校生という後ろめたさから何をするにも遠慮がちで、無意識に一歩下がるような性格だった僕だが、文筆堂の仲間たちに背中を押され、自分で言うのも変だが一回り成長したような気がする。

おかげで、クラスでは気軽に話せる友人も出来たし、たまにクラスメートの女子からも声を掛けられるようになった。

 

あの日以来、僕は時間があれば一人で文筆堂へと足を運ぶ。

そこには、僕の大切な仲間が居るからだ。

僕のような、ただの冴えない高校生を、みんなは仲間だと言ってくれる。

僕だけではない、同じ年齢の亜弓ちゃんや冬果ちゃんのことも、文筆堂のみんなは同等に扱ってくれる。

大げさだが、僕はこれまで生きていて一番幸せな時を、ここ文筆堂で過ごしているんだ。

 

「ただいまー!」

奏太朗が大きな声でやって来た。

「おかえりー!」「おかえりなさい!」店長の栗生姉と桐山が、それぞれ迎える。

「ただいまー!」「おかえりー!」これは文筆堂の仲間たちの合言葉だった。

 

「おっ!桐山くん早いな」

奏太朗が店の奥にあるサロンに入って来て、桐山に声を掛け隣の席に座った。

桐山が大好きなレモンスカッシュを飲んでいるのを見て、「栗生姉にいさん、僕にクリオネ・スタイルを下さい!」と飲み物を注文する。

北海道のコーラと言われる、コアップ・ガラナはレトロな瓶に入った炭酸飲料で、文筆堂では氷が入ったグラスと一緒に出てくる。

コーラより甘く炭酸が弱いガラナだが、氷入りのグラスに注ぐと甘い香りが際立ち、炭酸が少し強く感じるので、このガラナの飲み方を奏太朗は、クリオネ・スタイルと呼んでいた。

 

店長の栗生姉のことを、文筆堂のみんなは「栗生姉にいさん」と呼ぶ。

ただ一人、尾崎だけは「栗生姉さん」と呼ぶが、どうやら同じ年代だという。

というのも、誰も店長の栗生姉のことは詳しくないし自らも黙しているところもあり、誰もがそれを認めている。

文筆堂の仲間は、お互いをリスペクトしあっているのだ…。

 

「桐山くんは、今日もレモンスカッシュかい?よっぽど好きなんだね」

奏太朗さんこそ、いつものクリオネ・スタイルですね」

「もちろんだよ、ここで飲むこの一杯が美味いんだよ!」

「じゃー僕も、次からクリオネ・スタイルにします」

「おいおい、真似すんなよ!これは、宮沢賢治をリスペクトしているんだから」

「宮沢賢治?何ですか、それ!」

「尾崎先生に聞いたのさ、宮沢賢治は行きつけの蕎麦屋で、天ぷらそばとサイダーをいつも注文していた。『今日はブッシュで一杯やりませんか?』と言って友人たちを誘っていた。この一杯はお酒ではなく、サイダーを飲むということなんだ。ちなみにブッシュと言うのは、そのお蕎麦屋さんの名前が『やぶ屋』という名前だから、ブッシュと呼んだんだって、カッコイイだろう」

「へぇーさすがは尾崎先生、物知りですね」

「桐山くん知らないの?尾崎先生は宮沢賢治と同じ、岩手県の花巻出身なんだよ」

栗生姉がいつの間にかそばに居て、話に加わった。

 

「ただいまー!」

ちょうど、そこへ尾崎がタイミングよくやって来た。

「おかえりなさい!」

3人は、一斉に尾崎に向かってそう言った。

「どうしたんだい、みんなニコニコして」

尾崎が、3人の顔を見渡しながら声を掛けた。

「今みんなで、尾崎先生の噂話をしていたんだよ」

栗生姉がニヤニヤしながら答えた。

「どうせ、良からぬ話だろ?」

尾崎は、わざと苦笑してみせた。

「尾崎先生は、宮沢賢治と同じ故郷の生まれだと、桐山くんに話をしていたところです」

奏太朗さから、天ぷらそばとサイダーの話を聞きました。それをリスペクトして奏太朗さんはいつも、クリオネ・スタイルなんだそうです」

「そうかい、じゃーみんなで一杯やるか?栗生姉さん、ここは僕が奢るからみんなにクリオネ・スタイルをお願いします!もちろん、栗生姉さんの分もね」

「毎度ありがとうございます!」

栗生姉はそう言うと、店のキッチンにいそいそと入っていった…。

 

「奏ちゃんに桐山くんも、今日は早いな~!」

「尾崎先生、僕らこうして男だけで集まるのが多くなりましたね」

「奏ちゃん、冬果ちゃんに怒られないのかい?桐山くんはともかく…」

「だっ、大丈夫ですよ!たぶん…。桐山くん、青田ちゃんにはナイショだからな」

奏太朗さん、分かっていますよ!冬果ちゃん、怒ると恐いですもんね()

テーブルを囲んで尾崎と桐山が笑っているところへ、栗生姉がガラナを持って来た。

「さぁ~みんなで乾杯しよう!」

尾崎がそう声を上げると、「乾杯!」とそれぞれがグラスをカチンと合わせた。

 

「ところで、さっきは何を笑っていたんだい?」

栗生姉がそう言うと、桐山がそれに答えた。

栗生姉にいさん奏太朗さんが冬果ちゃんは怒ると恐い!という話なんです」

「ハハハッ!なんだい、奏ちゃんは冬果ちゃんの尻に敷かれているのか?」

栗生姉にいさん笑わないで下さいよ、尾崎先生も桐山くんもそれ以上、笑うな~!」

文筆堂のサロンは和やかな笑いの中に包まれ、のんびりとした時間が流れていた。

 

奏太朗さんと冬果ちゃんの馴れ初めって、どんな感じだったのですか?」

「ほぅ~僕も聞きたいな、ねぇ~栗生姉さん!」

「そうだね、桐山くんにあんなにムキになるくらいだから、きっと素敵な出会いがあったのだろうな?」

「もう~勘弁して下さい!尾崎先生は知っているじゃないですか…」

「僕が知っているのは、市電で冬果ちゃんに一目惚れしたって事ぐらいだけどね?」

「えっ!一目惚れ。奏太朗さん、そうなんですか?」

「さぁ~ますます、黙っているわけにはいかなくなったな」

「分かりました!今日は来なきゃよかったな」

栗生姉の言葉に、しぶしぶ奏太朗が口を開いた…

 

朝、通学で市電に乗っていると、いつも冬果が時間ギリギリに走ってやって来ること。

ある日、宝来町にある古本屋に行ったらそこは冬果の家で、彼女が店番をしていてその時に初めて言葉を交わした事。

それから、市電でお互いに手紙を渡し合い、やがてデートするようになった事。

奏太朗照れながら、冬果との馴れ初めを話した。

 

「奏ちゃんは、冬果ちゃんのどんなとこに惚れたんだい?」

尾崎がそう言うと、桐山も栗生姉も前のめりになって、奏太朗の顔を見ていた。

「《また明日ね〜!》とか笑顔で言われたら、惚れちゃうでしょ!」

「僕もです!奏太朗さん」

桐山が大きく頷き、そう答えた。

「ポニーテールフェチの自分にとっては、ヘアゴムを口にくわえて後ろ髪を束ねる仕草が、もう最強なんです!」

「うわぁ~!もうお腹が一杯ですよ、奏太朗さん」

桐山が大きな声を上げると、尾崎や栗生姉がニヤニヤと笑っていた。

 

「つっ、次は尾崎先生ですからね!こうなったら、直美ねぇさんとの馴れ初めを教えてもらいます」

奏太朗がムキになって言うと、桐山と栗生姉が大きく頷いた。

「参ったな…」

尾崎が、頭をかいて戸惑っていると、玄関で声がした。

 

「あのーすみません!こちらは、一般の客でも利用できますか?」

キョロキョロと玄関から顔を覗かせ、一人の女性が文筆堂にやって来た。

慌てて、栗生姉が「どうぞ!」と声をかける。

尾崎と奏太朗と桐山は、固まったように玄関から入って来た、女性を見ていた。


…続く。


今回の箱館クリオネ文筆堂物語」~男子恋バナ編~は、いかがだったでしょうか?

これは、ぴいなつちゃんのリクエストにより、奏太朗と冬果、尾崎と野本直美の出会いが語れていく物語となります。

今回は、奏太朗と冬果の出会いが奏太朗の口から語られていますが、尾崎先生と野本直美との出会いが語られる直前に、文筆堂に一人の女性客がやってきます!

この女性は誰なのか?

今後、どのように文筆堂の仲間たちと関わっていくのか?

物語は、まだ始まったばかりなので、これからもお付き合いください!


さて、今は男子恋バナ編として、物語が進んでいますが…

女子恋バナ編は、ぴいなつちゃんが張り切って物語を作っておりますので、そちらもお楽しみに首を長くしてお待ち下さい(*˘︶˘*).。.:*♡