今回も、箱館ストーリーをお楽しみ下さい。

クリオネ文筆堂が舞台となる箱館”の世界…

おなじみのキャラクターが、物語を盛り上げます!

それでは、どうぞお楽しみ下さい。


箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂  物語」

2月というのに、函館では珍しく青空が広がり初夏を思わせるような爽やかな気分だった。

僕は、八幡坂を登りながら何度も振り返り、海と空の青さを確かめた。

「ただいまー!」

元町にある箱館クリオネ文筆堂の玄関を開ける時、僕はちょっと緊張する。

「おかえり!」

店長の栗生姉さんが、元気に迎えてくれた。

僕らは、このクリオネ文筆堂に入店する時は「ただいま!」と挨拶し、店長をはじめ「おかえり!」と迎える。

いつの間にか、それが僕らの合言葉となった。

 

「奏ちゃん、珍しいね~!一人かい?」

「そうなんですよ、栗生姉にいさん。たまには…」

僕は照れながら、そう答えた。

「おかえり奏ちゃん!冬果ちゃんと喧嘩でもしたのかい?」

「いえ、冬果は友達と会う約束があるとかで、そういう尾崎先生も一人じゃないですか?えっ桐山くんも一人?珍しいな、文筆堂に女の人がいない」

「こんな日は珍しいよ、いつもは麻琴ちゃんとか居るけどね。そうそう、今日はお客さんも居ないんだよ」

栗生姉の言うとおり店内を見渡すと、いつも賑やかな奥のサロンがひっそりとしている。

尾崎と桐山は、店の手前の文芸コーナーで静かに読書をしていた。

 

僕らは、店長の栗生姉さんを「栗生姉にいさん」と呼び、高校教師の尾崎さんのことは「尾崎先生」と呼んでいる。

年長の2人以外のみんなは、お互いに名前を呼ぶのだが桐山くんだけは、なんとなく「桐山くん」と呼ぶ。

尾崎先生を「尾崎さん」と呼ばないように、桐山くんはやっぱり「桐山くん」なんだと思う、みんなから可愛がられているからなのだろう。

 

僕は桐山くんに声を掛けた…

「桐山くん、この店に一人で来るのは初めてだろ?いつも、青田さんに連れて来られる感じだよね」

奏太朗さん、相談というか話を聞いてくれませんか?」

そういえば、僕らはこうして2人だけで言葉を交わすのは初めてだった。

いつも僕らは冬果や青田さんを交えて、話をしていたんだ。

「いいよ…。栗生姉にいさん、サロン借りますね」

そう断ると、奏太朗と桐山は店の奥のサロンへと移動した。

クリオネ文筆堂のサロンは、レトロな雰囲気の落ち着ける空間で、このサロンを目当てに来るお客さんも多い。

 

「どうしたの?改まって…」

「実は、亜弓ちゃん…青田さんのことなんですけど」

「そっか、青田さんは亜弓ちゃんと言うんだ。喧嘩でもした?」

アレどこかで聞いたようなセリフだな。

 

《桐山くん。実はね、昨日ね、部長に告白されちゃったの…》

《へえー。青田さんってモテるんだね!》

《でも、断ろうと思うの…》

《なんで?もったいない。あんなイケメン断ってどーすんの?》

《もー!私の気持ちはどうなるの?桐山くんのバカ》

 

「とまぁ~1週間前の話なんですよ。それ以来、青田さんは口もきいてくれなくて…」

「ちょっとまって、桐山くんは青田さんとつき合っているんじゃないの?」

「いや、青田さんとは友達というか?僕は転校生で友達もいなくて、学祭で世界遺産になった縄文文化をテーマにした展示の時に、青田さんから《大丈夫だよ~!私が桐山くんの初めてのお友達になってあげるからね》って言われて…」

そう言うと、桐山は真っ赤な顔を伏せるようにレモンスカッシュを飲み、その後黙ってしまった。

青田は、郷土史研究会という文化部に所属しており、函館の歴史や文化を調べるなど、活動に熱心で部員からも一目置かれている。

 

「桐山くん、それって青田さんからホレられているんだよ!桐山くんだって青田さんのこと好きなんだろ?もっと自分の気持ちに素直になれよ。青田さんの気持ちを無にするのかい?青田さんは桐山くんのことが好きだと言ってるんだ!そんな事も分からない桐山くんじゃないだろ?」

「ハイ!僕も青田、亜弓ちゃんのことが好きです。でも、僕なんかと違って彼女は…」

「分かった、でもこのままじゃダメだよ!桐山くんは青田さんを尊敬している、そうだろ?いいかい?桐山くんは一人じゃない!青田さんだけでなく、栗生姉にいさんや、尾崎先生や直美ねぇさん、僕や冬果、そして麻琴ねぇさんや夏妃ねぇさんもいる、僕らはみんな友達じゃないか。青田さんを悲しませるということは、僕らみんなを悲しませるのと同じなんだぞ。しっかりしろよ!

いつの間にか、声が大きくなってしまい、尾崎先生や栗生姉にいさんが心配してやって来た。

そこで僕は、かいつまんで桐山くんと青田さんのことを伝えた。

 

「桐山くん、今日は僕らだけで良かったじゃないか?たまには、男同士でこうして語り合うのもいいものだよ。とにかく、青田さんには謝ることだな。もし、上手く出来ないようなら直美ちゃんや麻琴ちゃんとか夏妃ちゃんに協力してもらうのはどうだろう?それに、この店になら青田さんも来てくれると思うよ。そして自分の素直な気持ちを青田さんに伝えればいいさ。好きなんだろ?青田さんが!もっと、自分の気持ちを大事にすればいい」

「ハイ!尾崎先生。僕は、亜弓ちゃんのことが好きです!もう迷いません」

「ありがとうございます、尾崎先生。僕は、ついカッとなってしまって…」

「奏ちゃん、冬果ちゃんがいなくて良かったな!めちゃくちゃ桐山くんは怒られていたぞ。そうなったら奏ちゃんはタジタジで何も出来ないだろうな」

「もう、勘弁して下さいよ尾崎先生。栗生姉にいさんも笑わないで下さい。桐山くん、大きな声を出してゴメン」

「いえ、僕の方こそウジウジしてすみません。もし良かったら、僕は皆さんの前で亜弓ちゃんに想いを伝えたいと思います。栗生姉にいさん、ここ貸してもらっていいですか?」

「そんなのいいに決まっているだろ!それより善は急げだ、そうだな青田さんには直美ちゃんから連絡してここに呼び出すのがいいんじゃないか?冬果ちゃんにも直美ちゃんから説明してもらおう。僕は、麻琴ちゃんと夏妃ちゃんに連絡するから、尾崎先生は直美ちゃんに連絡をお願いします」

 それぞれが電話を掛けているなか、桐山はレモンスカッシュをおかわりして心を落ち着かせていた。

あの時と同じように、桐山はレモンスカッシュの力を信じている。


やがて、緊張している桐山と奏太朗のもとへ尾崎と栗生姉が笑顔でやって来た。

「桐山くん、麻琴ちゃんと夏妃ちゃんはOK!だ。後は、直美ちゃんに任せよう」

「大丈夫、直美ちゃんなら上手くやってくれるよ」

そして、野本直美から尾崎先生へと連絡があり、明日の土曜日1400に青田が文筆堂に来る事になった。

それに合わせて、冬果や麻琴と夏妃も集まり事前に女性だけで話をして、その後に桐山たちが来るという段取りで、青田は桐山が来るのを知らされていないという。

 

「奏太朗さん、栗生姉にいさん、尾崎先生、どうもありがとうございました。僕はこれで失礼して明日に備えます。きっと眠れないと思うけど…」

礼を言うと、桐山は家路へと急いだ。

奏太朗も栗生姉や尾崎に礼を言うと、そそくさと家に戻った。

「奏ちゃん、冬果ちゃんから電話攻撃されるだろうな?」

栗生姉の言葉に、尾崎もうなずき笑った。

「栗生姉さん、これが青春なんだよ!今はアオハルって言うらしいけど…」

2人は、明日ここで行われるであろうドラマの成功を願い、顔を合わせてうなずいた。

 

翌日、落ち着かない野本直美が尾崎先生と朝から文筆堂に来ていた…

「尾崎先生、栗生姉にいさん、もし青田ちゃんと桐山くんがダメになったら、どうしよう?私、責任重大だわ」

「大丈夫だよ直美ちゃん!嫌なら青田さんはここには来ないよ。それに麻琴ちゃんと夏妃ちゃんも、もうすぐ来るのだろう?心配しなくていいんだよ、直美ちゃんはよくやってくれた。むしろ心配なのは冬果ちゃんの方じゃないか?僕は、そっちが心配だね」

「尾崎先生、冬果ちゃんなら心配いりません!青田ちゃんを説得すると言っていましたから」

「う~ん、その説得がね」

栗生姉が笑いながらそう言うと、尾崎と野本直美もつられて笑顔になった。

 

「ただいまー!」

麻琴と夏妃が、荷物を抱えてやって来た。

「おかえり!まだ早いのに、2人ともありがとうね」

栗生姉がそう言って出迎える中、野本直美は深刻な顔をして尾崎と話をしている。

「ちょっと、直美ちゃんどうしたの?」

麻琴が荷物を栗生姉に預け声を掛けて近づくと、野本直美はようやく麻琴と夏妃が来ている事に気がついた。

「あっ、麻琴ねぇさん、夏妃ねぇさん、おかえりなさい!ちょっと責任感じちゃって…」

麻琴ちゃん、夏妃ちゃん、おかえり!ずいぶん早いね、まだ11時だよ。直美ちゃんが上手くいかなかったら自分のせいだと言い出してね。大丈夫だよと栗生姉さんと納得させていたところだよ」

「尾崎先生、麻琴ちゃんも朝から落ち着かなくて…」

「だって、夏妃ねぇさん!青田ちゃんや桐山くんが心配だし、それに直美ちゃんが責任感じていると思ったから。もし、上手くいかなかったら栗生姉にいさんのせいだからね!」

「おいおい、こっちにとばっちりかい?それより、何が入っているんだいこの荷物?」

「決まっているじゃない、青田ちゃんと桐山くんが仲直りしたら、みんなでお祝いするからクラッカーを用意したんだよ!ホントは花火を打ち上げたいくらいだけど。夏妃ねぇさんはケーキを持ってきてくれたんだよ、すごいでしょ?」


「ハァー!麻琴ねぇさんと夏妃ねぇさんには敵わないな、私は青田ちゃんや冬果ちゃんに電話するだけで精一杯だったのに…」

 「直美ちゃんはよくやってくれたよ。青田さんをここに呼び出せるのは、直美ちゃんしかいないんだ。今回は人生経験とか恋愛経験とかは関係なく、ちょっとした気持ちのズレなんだよ。青田さんは、直美ちゃんのことをとても尊敬しているし、冬果ちゃんに青田さんや桐山くんのことを伝えるのも、やっぱり直美ちゃんじゃないと出来ないんだよな。ねぇ、尾崎先生」

「直美ちゃん、昨日は奏ちゃんと僕らは桐山くんと話をした!桐山くんは、みんなの前で青田さんに想いを伝えたいと言っていたんだよ。そういう想いを受け止め伝えることが出来るのは、直美ちゃんしか出来ないと僕らは判断した。だから自信を持ってほしい」

「直美ちゃんのことは、冬果ちゃんも尊敬しているからね。今回は、青田ちゃんと桐山くんの恋のキューピッド役、しっかり頼みます!」

そう言う麻琴の明るさに、野本直美は顔をほころばせ、尾崎先生に向かって大きくうなずいた。

 

「ただいまー!」

お昼を過ぎた頃、奏太朗と冬果が文筆堂にやって来た。

「おかえり!さぁー役者が揃ったぞ」

栗生姉が囃し立てるように出迎えると、先に来ているみんなも「おかえりー!」と声を掛けた。

「皆さん、早いですね!僕らが先だと思っていました…」

「奏ちゃん、だからもっと早く行こうって言ったじゃない。シスコライス食べている場合じゃないのに、腹が減っては戦ができぬなんて言って。奏ちゃん誰と戦うのよ?」

「まぁまぁー冬果ちゃん、奏ちゃんを責めないでくれ!昨日、桐山くんにガツンと叱ったの、見せたかったよ。ねぇ栗生姉さん!」

「えっ、尾崎先生!ホントですか?奏ちゃんやるじゃない、見直したよ」

「冬果、マジで軽いな。さっきまであんなに怒っていたのに」

 

みんなが笑う中、冬果はツカツカと野本直美のところに行き…

「直美ねぇさん、亜弓のこと、青田のことホントありがとうございます。私、そんな事になってるなんて知らなくて、直美ねぇさんから話を聞いてスグに亜弓に文句を言おうと思ったけど、奏ちゃんが《青田さんは、桐山くんの口から自分への気持ちを聞きたいんだよ。桐山くんは明日、みんなの前で青田さんに自分の気持ちを伝えたいと言っている。周りがとやかく言うことではないんだ。それに青田さんの心を癒やして2人の気持ちを繋げることが出来るのは直美ねぇさんしかいない。直美ねぇさんを信頼し僕らは託すしかない。青田さんも桐山くんもお互いに分かっているはずだ、でも上手く言葉を交わせない気持ちにゆとりがない。そういうことなんだ》って教えてくれて。私だったら、直美ねぇさんのような事は出来ないし、だから亜弓のことお願いします」

最後は涙ぐみながら、冬果は野本直美に向かい深々と頭を下げた。

そして、側には奏太朗が寄り添い、同じように深々と頭を下げていた。

 

「ただいまー!」

小さな声がして、玄関に青田亜弓が立っていた…

「皆さん、集まって、えっ冬果、どうしたの?」

冬果が振り向くと青田は、しどろもどろになりながら話しだした。

「あの、今日は直美ねぇさんとここで会う約束をして、えっ違うの?」

「青田ちゃん、ううん亜弓ちゃん!騙したみたいでごめんなさい。桐山くんが、みんなの前で亜弓ちゃんに自分の気持ちを伝えたいと言ってくれたの。桐山くんは、亜弓ちゃんを想う気持ちを私たちにも伝えて、それを分かってほしいのだ言っていた。亜弓ちゃんの気持ちを大切にするという心は決して嘘ではないのだ。と、私たちに誓いたいのだと思う」

「えっ!だって。そんな、急に言われても…」

「亜弓ちゃん、お姉さんたちと、ちょっと話そうか?むさくるしい男性諸君は、あっち行って!」

「麻琴ちゃん、ひどいなー!」

栗生姉がおどけて言い、尾崎先生と2人でサロンから出ようとすると…

 

「亜弓ちゃん!」

ひときわ大きな声がして、みんなが玄関を見た。

「僕は、亜弓ちゃんのことが好きだ!そして、この文筆堂の仲間が好きだ!いつもウジウジしている僕だけど、みんなが僕の背中を押してくれた。だから僕はみんなの前で亜弓ちゃんに自分の気持ちを伝えたい!と、栗生姉にいさんや尾崎先生や奏太朗さんにお願いしたんだ。こんな僕をいつも温かく迎え入れてくれる文筆堂の仲間たち。そして僕のことを友達だと言ってくれた。でも亜弓ちゃんは僕の一番の友達なんだろ?僕は、亜弓ちゃんに好きだと言ったら、文筆堂のみんなとは距離が出来るようで怖かったんだ。ぼくは、いつも亜弓ちゃんの後ろに居るだけの存在だと思っていたから。でも昨日、奏太朗さんに言われたんだ!《桐山くんは一人じゃない!青田さんだけでなく、栗生姉にいさんや、尾崎先生や直美ねぇさん、僕や冬果、そして麻琴ねぇさんや夏妃ねぇさんもいる、僕らはみんな友達じゃないか。青田さんを悲しませるということは、僕らみんなを悲しませるのと同じなんだぞ。しっかりしろよ!》って。だから僕は、みんなの前で亜弓ちゃんが好きだ!と言いたかった。例え、この事で亜弓ちゃんに嫌われても、僕は、みんなを悲しませる事は出来ないし、きっと亜弓ちゃんも、同じ気持ちだと想うから。だから、僕は…」

「あわくわないで!桐山くん、あわくわないで…わたし、桐山くんの気持ち、信じていたよ」

 

青田亜弓が顔をくしゃくしゃにしながら、桐山に抱きつくとパーンパーンとクラッカーが鳴り響き、麻琴の「ブラボー!」という声が上がった。

冬果が、泣きながら青田を抱きしめる。

その横で、同じく泣きながら奏太朗が桐山の背中を叩いていた。

野本直美は尾崎先生の胸で泣き崩れ、栗生姉夏妃はその場を抜け出し、お祝いの準備を始めた。

やがて、サロンに大きなケーキが運ばれてきた。

麻琴と夏妃の手作りのハートのケーキだった。

 

「ちょっとまって、これは桐山くんと青田さんのハートだろ?割ったらダメじゃないか、そうだろ麻琴ちゃん夏妃ちゃん?」

栗生姉がオロオロしていると…

「栗生姉にいさん、このハートはねキューピッドの直美ちゃんが愛の矢を打ち込んでいるから、決して割れないの。それにみんなでハートをいただくの、2人の愛を私たちが見守るという意味が込められているんだから、ねっ麻琴ちゃん!」

「まったく、栗生姉にいさんは分かっていないな。自分から直美ちゃんをキューピッド役に仕立てていて、ホント何も分かっていない」

そう言うなり、麻琴はケーキを口に入れようとしている。

「まって、麻琴ちゃん!まだ乾杯もしていないのに」

夏妃に注意された麻琴は「テヘヘ」と笑う。

そして、尾崎の乾杯により、桐山と青田はみんなから祝福を受けた。

 

箱館クリオネ文筆堂は、今日も愛に包まれています。

 

END



さて、今回の箱館ストーリーはいかがだったでしょうか?

いつものキャラクターの中で、控え目であまり出てこない桐山くんが主役の物語となりました。

そして、同じく控え目な青田さんですが、初めて「亜弓」という名前だと分かります。

もちろん命名は、ぴいなつちゃんです。

桐山くんと青田さんの、青春ラブストーリー!

2人の絆も、文筆堂の仲間たちとの縁も、ますます強くなった…

ある日の、クリオネ文筆堂の物語でした。

それでは、また。