「おはようございます。函館山が朝の光に染まると、今日が始まるって感じがします。

夏妃ねぇさん、お元気ですか。私は今日も、ゆるゆるとマイペースで頑張ります」

野本直美はそう呟き、早朝の元町・日和坂上にある船魂神社へ向かった。

北海道最古といわれるこの神社は、源義経の伝説を持ち、祭神は八方除・厄除・病気平癒の「須佐之男神」。

直美は夏妃の入院以来、毎朝欠かさず参拝を続けていた。


文筆堂に流れる落ち着かない日々…

夏妃が入院して二週間、文筆堂には静かな不安が漂っていた。

店主の栗生姉は「夏妃が退院するまで店を休む」と言い出し、夫の康平に「大丈夫、心配しなくていい」とたしなめられながらも、納得のいかない表情で毎日鍵を開けていた。

麻琴は仕事が忙しく店に来られなかったが、夜遅くに「夏妃ねぇさんは?」と短いLINEを送ってきた。

他のメンバーも仕事帰りや学校の帰りに顔を出し、尾崎の「夏妃ちゃんはきっと大丈夫。康平くんの言葉を信じよう」という言葉に、静かに頷いていた。


病室の窓から見える函館山。

朝のやわらかな光が部屋の空気をふわりとあたためる。

「今日は少しだけ、時間をゆるめていい日だよ」

「みんなが毎日がんばっていること、ちゃんと伝わってるよ」

「こっそり小さなハートを飛ばしておいたから、見つけてくれたらうれしいな」

夏妃はそんなふうに、誰にともなく優しく呟いた。


午後二時頃、康平が病室を訪れた。

担当医から退院日を告げられたばかりだった。

ベッドで本を読んでいた夏妃は、康平を見るとやわらかく微笑んだ。

「康平さん、退院できるの」

「さっき先生から聞いてきたよ」

夏妃は静かに言葉を続けた。

「あの頃の私がいたから、今日の私がいる。不器用でも、ちゃんと歩いてきた。退院したら、髪を切って金髪にするの。新しい自分になりたいから」

康平はその決意を、目を細めて受け止めた。


夏妃はアレルギーで髪を染められない。

それでも「一度でいいから金髪にしてみたい」とよく話していた。

入院前にショートヘアにしたのは、小さな勇気。

金髪にしたいという言葉は、退院後の“生まれ変わり”の願いだと康平は気づいた。

その願いに寄り添えるのは、自分ではなく麻琴だ──そう思った。

「夏妃、退院したらまず麻琴ちゃんと会うといい。僕が連絡しておくから」

康平は麻琴に《夏妃の退院が決まった。良かったら先に会ってあげて》とLINEを送った。


退院翌日。

夏妃は美容院でショートヘアを金髪に染め、その足で十字街の茶房・旧茶屋亭へ向かった。

先に来ていた麻琴は、金髪の夏妃を見て目を見開いた。

「入院が決まった日にね、髪をショートにしたの。決意みたいなもの。退院が決まったとき、康平さんに『金髪にする』って伝えたのよ」

金髪ショートの夏妃の笑顔は、変化を受け入れた人だけが持つ穏やかさだった。

その姿に、麻琴の胸の奥が静かに揺れた。

《こんなふうに笑えるなら、私も変わってみたい》

夏妃の変化は、外見ではなく“生き方の再構築”だと麻琴は理解した。

「私も金髪にしてみようかな」

その呟きは、夏妃への共感であり、自分への挑戦でもあった。


数日後、文筆堂で夏妃の退院パーティーが開かれた。

朝から仲間たちが集まり、店は臨時休業。

差し入れを持った亮介と康平も到着し、麻琴が夏妃を連れてくると言い康平は深々と頭を下げた。

チャチャ登りの坂を、金髪ショートのふたりが並んで歩いてくる。

変化を恐れず、前を向く姿。

麻琴は夏妃の手をしっかり握っていた。

「ただいま!」

夏妃と麻琴が店に入ると、みんなは言葉を失った。

そして梨湖が叫ぶ。

「夏妃ねぇさん、麻琴ねぇさん、私も金髪にする!」

その声で、ようやく場が和んだ。

康平は直美と尾崎のもとへ行き、深く頭を下げた。

「直美ちゃんが毎朝、船魂神社にお参りしてくれたこと、聞いたよ。本当にありがとう。夏妃が元気に退院できたのは、直美ちゃんのおかげだ」

直美は涙をこぼしながら答えた。

「私だけじゃないんです。みのりちゃんとひよりちゃんは湯倉神社、冬果ちゃんと奏ちゃんは護国神社、柊二にいさんと梨湖ちゃんは函館八幡宮、亜弓ちゃんと拓也くんは亀田八幡宮に……みんな夏妃ねぇさんのためにお参りしてくれたんです」

その言葉に、文筆堂の空気は静かに温かく満ちていった。


END


あとがき…

冬の函館には、静けさの中にそっと寄り添うような温度があります。

白い坂道、凍った空気、午後の光──

そのどれもが、変わろうとする人の背中をやさしく押してくれるように思います。

この物語は、退院という節目を迎えた夏妃が「新しい自分」を選び取る姿と、その変化に共鳴して歩き出す麻琴の物語です。

外見の変化は小さな一歩かもしれませんが、その一歩が人生の風向きを変えることがあります。

冬の街を歩く金髪のふたりの姿が、読んでくださった方の心にも、静かな光となって残れば嬉しく思います。


美蘭さんが実際に入院されており、明日の3/8に退院されるとのお話があり、慌ててこのような物語を書いてみました。

入院前に美蘭さんが髪をショートにしたこと、「実際には金髪には出来ないけど夏妃なら出来るかな?」という美蘭さんの言葉を受け、この物語は生まれました。

麻琴・ぴいなつちゃんも公私ともに忙しい日々だそうですので、せめてお二人には文筆堂でくつろいでほしいと思います。

ちなみに、冒頭の画像はAIに美蘭さんの特徴を伝え髪を金髪にした夏妃です!