3月3日、上巳(じょうし)の節句に文芸サロン・クリオネ文筆堂が、リニューアルオープンの日を迎えた。

体調不良で休んでいた野本直美は、2月1日に尾崎先生と一緒に文筆堂を訪れ、仲間たちに感謝の言葉を伝えた。

そして栗生姉から、大掃除を兼ねて片付けをしたり展示物の入れ替えなどをして、3月3日の日、いわゆる桃の節句に新しく文筆堂をリニュアールオープンするという提案があった。

ひな祭りには、女の子の健やかな成長を願い、桃の節句を祝う料理を家族で囲むのが習わしで、それぞれの料理には想いや意味が込められている。

さらに麻琴の提案で、代表的な食べ物「ひし餅」「ちらし寿司」「ひなあられ」「白酒」「はまぐりのお吸い物」が用意され、ささやかなリニュアール・パーティーが開かれた。


夏妃は、野本直美と尾崎先生が大森海岸で石川啄木の坐像に、文筆堂の仲間たちへの感謝とこれからも一緒に函館を愛していくことを願い祈ったことに感動し、2人の想いを自らの声に乗せて大森海岸での場面を朗読して文筆堂のオープン記念に華を添えた。

箱館ストーリー「幸せの砂浜」朗読:夏妃


「夏妃、大森海岸での尾崎先生や直美ちゃんの様子が手に取るように感じるな!尾崎先生が照れている様子や直美ちゃんの喜びがリアルで、とても良い感じだ」

ありがとう、康平さん!ナレーション部分が難しかったわ。


「麻琴があの時を思い出して大泣きしていたよ。とても素晴らしい出来だ!さすがは夏妃ちゃんだな」
亮介さん、ありがとう!2人のセリフのところは苦労したのよ。

「夏妃ちゃん、文筆堂のリニューアルのお祝いとなる作品をありがとう!今回はサプライズのプレゼントで嬉しかったよ。忙しいところ、ありがとうな」
栗生姉にいさん、ありがとう!桃の節句に文筆堂をリニュアルオープンさせるなんて、私たちにとってはサプライズの出来事よ。

「夏妃ねぇさん、感動です!栗生姉にいさん、これが文筆堂の源ですね。生で拝聴できてとても嬉しいです。感動して泣いちゃいました」
梨湖ちゃん、ありがとう!私には、こういう事しか出来ないから、でも自分がやれることをやり、それで皆んなが楽しんでもらえるのが一番の幸せよ。

「素敵だよ夏妃ねぇさん、もう何回も聴いているよ!梨湖、僕らも大森海岸に行こう。尾崎先生と直美ちゃんの想いを、僕らも直に感じるんだ」
柊二くん、ありがとう!何回も聴いてもらえて嬉しいわ。そうね、大森海岸に行くと2人の気持ちや想いをより感じるでしょうね。

「夏妃ねぇさん、感動しました。上手く言えないけど、スゴく良いです」
奏ちゃん、ありがとう!嬉しいわ。何度もやり直ししたの。だからストレートなその感想は素直に響くのよ。

「冬果をあんまり泣かせないで、夏妃ねぇさん感動して何も言えない!」
冬果ちゃん、ありがとう!ウフフ泣くくらい良かったと言われたら、こっちも泣いちゃうじゃない。冬果ちゃんはホント素直でカワイイわ。

「夏妃ねぇさん、どうすればこんなにも素敵な朗読が出来るのですか?素敵です」
亜弓ちゃん、ありがとう!だって直美ちゃんの気持ちが嬉しいじゃない。それにどう答えるかだと思うの。そうだ今度一緒に、函館ストーリーを朗読してみようか?

「これが夏妃ねぇさんの七色の美声なんだ!まるで天使の歌声のようだ。素晴らしいです夏妃ねぇさん。感動しまくりです」
卓也くん、ありがとう!天使の歌声はちょっと大げさよ、でもそう言ってもらえて嬉しいな。とても励みになるわ。

「夏妃ねぇさん、直美ねぇさんや尾崎先生を想う気持ちに感動しました。夏妃ねぇさんも麻琴ねぇさんも、いつも私たちを引っ張ってくれて感謝しています」
みのりちゃん、ありがとう!でも皆んなを後ろから支えて押してくれているのは、直美ちゃんと尾崎先生でしょ。同じように、私も麻琴ちゃんも直美ちゃんや尾崎先生に支えられているのよ。

「夏妃ねぇさん、涙が止まらない!わ~ん。亮介さんティッシュちょうだい」
麻琴ちゃん、ありがとう!ホント素直でカワイイわね。ほらほら、みのりちゃんや亜弓ちゃんまで、もう~伝染させないでよ。

「夏妃ちゃん、どうもありがとう!僕らのことで照れるけど、とても嬉しいよ」
尾崎先生、聴いていただきありがとうございます!嬉しいと言われてホッとしました。お二人の気持ちに寄り添うように努力しました。とても嬉しいです。

「夏妃ねぇさん、恥ずかしいです。でも、ありがとうございます!お心遣いに感謝いたします」
直美ちゃん、ありがとう!尾崎先生と一緒に函館に残ってくれることがとても嬉しいの。皆んなも同じ気持ちよ。だから、より2人の気持ちを伝えるために、こうして私が代弁させてもらったわ。ちゃんと出来たか心配だったけど、思いのほか良く出来たと自分では思っている。こちらこそ、どうもありがとう!


「ねぇ~明日にでも皆んなで大森海岸に行かない?ねぇ~行きましょうよ!」
「梨湖、いいねぇ!栗生姉にいさん、皆さんどうですか?」
「梨湖ちゃん、柊二くん、行きたいのは山々なんだが、奏ちゃんや冬果ちゃん達は学校だし、他にもそれぞれ仕事があるから全員揃っては難しいと思うよ」
「すっ、すみません!皆さんのこと何も分からずに出過ぎたことを言いました」
そう言うと、梨湖と柊二は2人揃って頭を下げた。

「2人の気持ちは嬉しいよ。でもね現実的に文筆堂に来るには、それぞれに都合もあるという事だ。直美ちゃんや尾崎先生の想いをより強く感じたいのは、皆んなも同じ意見だ。でもね、感じ方はそれぞれ違うと思うから、行きたい時にそれぞれが大森海岸を訪れるのが良いと思うな」
康平がそう言うと、栗生姉や亮介は大きく頷いた。
それを聞いた奏太朗は野本直美と尾崎先生のところへ行き、頭を下げた。

「直美ねぇさん、尾崎先生!お二人の想いは、先程の夏妃ねぇさんの朗読からよく理解したつもりです。でも、梨湖ねぇさんや柊二にいさんが言うように、僕らも大森海岸を訪れより深くより強く、直美ねぇさんや尾崎先生の想いを感じたいと思います。そして康平にいさんが言うように、いつか良き日に僕は冬果と一緒に大森海岸に行きます。亜弓ちゃんは卓也くんと一緒に行くでしょう。でも、全員一緒に行動できなくても僕らの気持ちは一緒です。それぞれが自分の大切な人と…」
そこまで奏太朗が言うと、ハッと我に返った。
独り身の栗生姉はともかく、松原みのりはいつも一人であり恋人と呼べる人は今はいないのだった。
「しまった!」という奏太朗の焦りが、文筆堂の雰囲気を重くした。

「みのりちゃん、私たちと一緒に大森海岸に行こうよ!そして、六花亭で美味しい物を食べよう。大丈夫、柊二がおごるから一緒にね」
梨湖が見かねて、すかさず松原みのりのところに行き、声をかけた。
「梨湖ねぇさん、奏太朗にいさん、私は一人で大森海岸へ行きます!そして、裸足になって直美ねぇさんが歩いた砂浜を歩きます。そうする事で直美ねぇさんの想いを私は肌で感じたいからです。夏妃ねぇさんの朗読を聴かせていただいた時にそう考えていました。きっと、皆んなで大森海岸へ行くことになっても、私は一人で行きたいと言うつもりでした。正直言って、康平にいさんがそう言ってくれて気が楽になりました。だから、私は大丈夫です。柊二にいさん、六花亭には後で梨湖ねぇさんと一緒に私も連れて行って下さい。」
そう言うと、松原みのりはペコリと頭を下げた。

重苦しい雰囲気が漂う中、尾崎先生が野本直美と一緒にやって来た。
「野本直美の想いも、僕の想いも、さっき夏妃ちゃんが朗読してくれた事に変わりはないよ。それ以上でもないしそれ以下でもない。だから康平くんが言うよに、どう感じるかは人それぞれだ!夏妃ちゃんの朗読だけで十分に分かってもらえたと僕らはそう信じている。でも大森海岸にある啄木小公園は、とても素晴らしい場所だ。僕らの想いというより、石川啄木がどうして《死ぬ時は函館で!》と言ったのか?その啄木の想いこそ、皆んなに感じてほしい!僕はそう思う。野本直美を慕う心遣いにはとても感謝している。どうもありがとう!僕は、栗生姉さんとかつて啄木が住んでいた町・青柳町を訪れたい。直美ちゃんは、みのりちゃんを啄木小公園に案内してくれ。それでいいだろ?石川啄木と函館、それぞれがどう感じるかは文筆堂にとっても大事なことじゃないのかな?そうだろ、栗生姉さん!」
尾崎がそう言うと、栗生姉が立ち上がり皆んなを見渡した。

「さぁ~尾崎先生からの宿題が出たところで、この話はおしまい。そして今日はこれでお開きだ。みんな、忙しいところ文筆堂のリニューアルを祝ってくれて、どうもありがとう!せっかく直美ちゃんや尾崎先生が文筆堂に戻って来てくれたのに、皆んなの気持ちがバラバラでは意味がないだろ?皆んなが直美ちゃんや尾崎先生のことが好きだ、それでいい。でも、同じようにお互いを思いやるのが文筆堂の仲間じゃないのかい?いつも一緒にいるのが相手を思いやる事ではないだろ、それぞれの個性を理解して引き立てるのが、思いやる心だと僕はそう信じているよ」
最後は上手く栗生姉が占めて、このままお開きとなった。

野本直美と尾崎先生は、松原みのりに声をかけ一足先に文筆堂を後にした。
後ろ姿を見送った冬果と青田亜弓は、「みのりちゃんに失礼だ!」と奏太朗に噛みついたのだった。
冬果はともかく、初めて青田亜弓が怒った姿を見た桐山卓也は、奏太朗と一緒にオロオロするばかりである。
何か言おうとする亮介を麻琴が止めて、奏太朗に話しかけた。

「奏ちゃん、まだまだだね!とりあえず後で私と夏妃ねぇさんがみのりちゃんと話をするけど、今はまだ奏ちゃんはみのりちゃんより子供だよ。奏ちゃんや卓也くんが冬果ちゃんや亜弓ちゃんを好きな気持ちも分かるよ、でも好きな気持と人を愛する気持ちは、また違うと思うな。恋人同士だから何をするにも一緒で分かり合えている、と奏ちゃんは言いたいのだろうけど。では、みのりちゃんの直美ちゃんを想う気持ちはどうなの?尾崎先生が直美ちゃんを直美ちゃんが尾崎先生を想うのと同じだよ。みのりちゃんは、そこまでの高みに達している。直美ちゃんと尾崎先生が岩手に帰るかもしれない、それを全力で止めたは誰?一人でも直美ねぇさんを引き止める、それでも岩手に帰るなら一緒に付いて行くと言ったのは、みのりちゃん唯一人だよ。誰もがショックを受けながら涙を流しながら、心のどこかで直美ちゃんや尾崎先生との別れを想像していた。でも、みのりちゃんは違った!ただ一人、直美ちゃんや尾崎先生を信じた。だからこそ、一人で強くなれた。梨湖ちゃんも、柊二くんも奏ちゃんと同じだ!文筆堂の仲間になれた嬉しさも分かるし、だからこそ皆んなと一緒に何かをしたいと考えるのも分かる。でも、それぞれの関わり方というのがあるよね。仕事もある学校もある、文筆堂の仕事は一種のボランティア活動でもあるんだよ。それぞれが、自分の時間を割いてここに来ている、もちろん文筆堂が好きだから皆んなのことが好きだから、こうして集まっている。しかし、それぞれの個性があり仕事の仕方がある。皆んな実は不器用なんだ!だからこそ助けあい協力する。それが文筆堂の仲間なんだ。みのりちゃんには森川くんという同級生のボーイフレンドがいる。でも、直美ちゃんが自分より尾崎先生を大切に想うように、みのりちゃんも森川くんより直美ねぇさんを大切に想うようになった!それは、直美ちゃんを通して函館の未来を大切に考えているんだよ。今回の直美ちゃんと尾崎先生の事で、文筆堂の仲間は一つなれた!誰もがそう信じていたし、直美ちゃんも尾崎先生も、皆んなの気持ちが嬉しくて函館に残る決意をした。そうでしょ?だからこそ、直美ちゃんをダシにあれこれするのは直美ちゃんも尾崎先生も、嬉しくないよ。二人を想うなら、みのりちゃんのように自分で何かをする気持ちがないとダメなんだよ。皆んなでこうしようよああしようよでは、親切の押し売りになる。だから、早く大人にならないと。こうして注意されて頭にくるだろうけど、誰かが言わなきゃならないし、私が直美ちゃんを傷つけた分、私が悪者になるよ」

麻琴が厳しい顔で真剣な目で話すので、若い奏太朗や冬果、青田亜弓や桐山卓也は固まってしまった。
また、同じく梨湖や柊二は自分たちに未熟さを感じて、松原みのりに対してどう謝罪すればいいのかを悩んでいた。
しかし、さすがは文筆堂に名を連ねる者たちである。
松原みのりという身近な存在を通して、自らを反省し気持ちを奮い立たせた。

松原みのりがショートカットだった髪を伸ばしはじめたのは、かつて野本直美に松原みのりや青田亜弓と桐山卓也が注意さてたのがキッカケだった。
「直美ねぇさんと同じセミロングにするんだ!」
そうはしゃいでいた松原みのりの顔は、いつになく輝いていた。
その事を思い出した奏太朗と冬果、青田亜弓と桐山卓也は、自分たちはまだスタートラインにすら立っていない事に気がついた。
「今まで自分たちは何をしていたのだろう?」
梨湖と柊二は、お互いに顔を見合わせ同じことを考えていた。
初めて文筆堂の仲間になれた時、松原みのりが一人熱くなっているのを見ていた。
その情熱の高さに目を奪われながらも、自分たちより若い女の子がこんなにも熱い心の持ち主だと知って、自分のことのように嬉しい気持ちになっていたのを思いだしていた。

この光景をまるで遠くから見ているように、栗生姉と康平と亮介、そして夏妃が見守っていた。
文筆堂が新しくリニュアルオープンしたように、それぞれの心に新しい情熱が芽生えたのだった。

END