Ⅰ 七夕の前日、ひとりの旅
「ごめん、行けないんだ…」
電話越しのあかりの声は、 いつもより少しだけ弱く震えていた。
「仕事なら、仕方ないよ」
そう言いながら、 胸の奥がきゅっと痛んだ。
本当は──
この週末の函館旅行は、 彼女へのバースデープレゼントだった。
彼女の名前は あかり。
《みんなのココロに灯りをともす》
そんな意味を持つ名前だと、彼女は笑っていた。
僕らの恋は、 仕事の予定が二転三転するうちに ぽっかりと穴が開いたように宙ぶらりんになっていた。
それでも僕は、 ひとりで函館へ向かった。
七夕の夜に、 何かが変わる気がしたから。
Ⅱ 八幡坂の夕暮れ
函館に着いたのは、七夕の前日。
夕焼けが街を金色に染めていた。
八幡坂のてっぺんに立つと、 海風が頬を撫で、 遠くで教会の鐘が鳴った。
坂の上のT字路では、 観光客が笑いながら写真を撮っている。
その声が少しずつ遠ざかり、 街はゆっくりと夜の装いへと変わっていく。
イルミネーションが灯り始め、 その光はまだ弱々しいけれど、 確かに街を照らし始めていた。
僕は、ポケットの中の手紙を握りしめた。
あかりからの、初めての手紙。
LINEではなく、 わざわざ便箋に書かれた文字。
街灯の下でそっと広げると、 彼女の筆跡が夜風に揺れた。
Ⅲ あかりの手紙
手紙は、 まるで彼女がそこに立って話しているようだった。
手紙って…
でも いざ書くとなると恥ずかしくて 書いては消しての繰り返しなの。
人が人を好きになる。
それってほんのちょっとしたきっかけからだと思うの。
あなたを知るたび 私は自分を忘れるの。
そよ風に踊る木の葉のように…
あなたが私を見つめる瞳が好き。
小舟を岸に結ぶように優しく包む温かい手が好き。
私 淡い影のように いつも あなたの影に慕っていくわ。
読みながら、 胸の奥が熱くなった。
そして最後に──
7月7日の七夕の日、夜の7時に会いましょう。
八幡坂の真ん中で待っているから。
あなたは坂を下って来てね。
私は坂を上って行くから。
僕は手紙を握りしめ、 夜の八幡坂を見下ろした。
「……あかり」
思わず声が漏れた。
Ⅳ 七夕の夜、光の街で
7月7日。
函館は七夕を迎えた。
夕暮れがゆっくりと街を包み、 海風が少し冷たくなった頃、 僕は八幡坂の上に立っていた。
坂の下からは、 子どもたちの歌声が聞こえてくる。
《竹に~短冊~七夕まつり 大いに祝おう~ローソク一本ちょうだいな~》
浴衣姿の子どもたちが 小さな袋を手に、 家々を回っている。
函館の七夕の風景。
僕の胸は、期待と不安でいっぱいだった。
時計を見ると、 もうすぐ7時。
その時──
坂の真ん中に、 白いワンピースの女性が立っていた。
あかりだった。
彼女は僕を見つけると、 泣きそうな顔で、それでも笑おうとして 両手を伸ばした。
僕は走り出した。
「──あかり!」
彼女も僕に向かって歩き出した。
そして、 八幡坂の真ん中で抱き合った。
何も言わず、 ただ互いの温度を確かめるように。
しばらくして、 あかりが僕の頬をつねった。
「彦星がプレゼントくれないと、かっちゃくぞ~」
僕は笑いながら言った。
「織姫さま、五島軒にディナーのご用意がございます」
あかりは照れながら、 僕の手をぎゅっと握った。
Ⅴ 月と星と光の共演
五島軒へ向かう道のり。
路面電車がガタゴトと横切り、 ライトアップされた街は まるで地上の星座のように輝いていた。
夜空には月と星。
地上には光の海。
あかりは空を見上げて言った。
「ねぇ… 月と星と光って、全部違うのに 一緒に輝いてるね」
僕は彼女の横顔を見つめながら答えた。
「僕らも、そうなれるといいね」
あかりは照れたように笑い、 僕の手をもう一度強く握った。
七夕の夜。
函館の街は天の川であり、 僕らは一年ぶりに逢った 織姫と彦星だった。
あとがき
今回の「函館ストーリー」は、 七夕をテーマにしたロマンチックな長編です。
函館の七夕は7月7日。
子どもたちの歌声が街に響き、 夜景が星座のように輝く特別な夜。
その夜に再会する二人の物語は、 函館という街の空気と 七夕の象徴性が重なり合い、 まるで映画のワンシーンのような美しさを持っています。
タイトル 「The Moon. Stars and Lights」 は、 月・星・光──
夜空と街の輝きが共演する函館の七夕を表現したものです。
主人公「あかり」という名前は、 《みんなのココロに灯りをともす》
そんな意味を込めた名前であり、5年前に何も知られされていない、ぴいなつちゃんが自らの主人公である物語のヒロインを命名しました。
一方で、男性には名前がありません。
僕の名前だと、かっちゃがれる!ので(笑)
読者が自分の名前を当てはめて楽しめるようにしたためです。
七夕の函館は、 恋人たちの物語がよく似合う街です。
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