湯の川温泉の足湯に、僕たちは並んで座っていた。 

春の風が、桜の花びらをさらっていく。 

彼女は、湯に足を浸しながら、静かに空を見上げていた。

 

「桜って、散るときがいちばん綺麗だね」

彼女の言葉に、僕は少しだけ胸が締めつけられる。

湯気の向こうに、函館の街がぼんやりと霞んでいた。

その景色の中で、僕たちは何も言わず、ただ時間を共有していた。

 

やがて彼女が、そっと僕の手に触れた。

そのぬくもりは、桜風よりもやさしくて、春の湯よりもあたたかかった。

  


あとがき…

湯の川の春は、言葉よりも静かなぬくもりで満ちていた。

散る桜の中で、彼女の手の温度だけが、ずっと消えずに残っていた。