元町の坂道に、春の霧がゆっくりと降りてくる。 

その朝、僕は旧函館区公会堂の前で、彼女から一通の手紙を受け取った。

「読んでから、答えを聞かせてね」 

彼女はそう言って、霧の中へと歩いていった。


手紙には、彼女の好きな場所が綴られていた。 

赤レンガ倉庫、立待岬、そして、五稜郭の桜。 

どれも僕たちが一緒に歩いた場所だった。

最後に、こう書かれていた。 

「春の函館は、あなたと歩くと、少しだけ永遠に近づく気がするの」


僕は手紙を胸にしまい、霧の向こうへと歩き出した。 

彼女の姿はもう見えないけれど、春の匂いが、確かにそこに残っていた。

春の霧は、すべてをぼかしてしまうけれど、彼女の言葉だけは、はっきりと胸に残った。 

手紙に綴られた場所の記憶は、今も僕の足元をそっと照らしている。


あとがき…

この物語は、少し静かな余韻と、手紙というモチーフを通して、記憶と春の情景を結びつけています。

霧の中に浮かぶ記憶と、手紙に込められた想い、そして彼女という存在が、春の函館の空気とともに静かに結ばれていく――そんな詩的な響きを意識しました。