今回も箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂物語」でお楽しみ下さい!

いつものように楽しげな会話が聞こえる中、文筆堂に「こんにちはー!」という声が…

もしかして、あの2人?それとも?

どうぞ、お楽しみ下さい!

 
箱館ストーリー「箱館クリオネ文筆堂物語」元町ケレー誕生編~

 

柊二、お昼だしランチでも食べようか?」

元町の石畳を歩いているとき、梨湖が突然立ち止まった。

「そうだね、戻ってジョリジェリに行こうか?あの時食べたステピ、美味しかったな!」

「今日はね、ここにしよう!私、奢るから。パスタランチが美味しんだよ」

「パスタランチか?いいね!なんか函館っていうか元町っぽい感じだよね」

「この店は、元町のど真ん中にありながら観光客も少なくて地元の女性に人気なんだよ。東京に行く前は、憧れだったな~。大人の女性が多くてね、高校生には入りづらかったけど、今なら堂々と入れるかな」

そう言うと、梨湖はやわらかな笑顔を見せた。

 

「えっ、女性が多いの?僕が行っても大丈夫かな?」

「柊二ひとりなら入店拒否されるかもね、ウソウソ。でも9割は女性客で、残り1割はカップルだよ。大きな窓際の席から函館湾が見える最高のロケーションでね。そしてランチは女性客にだけ、ケーキが付くんだ~いいでしょ!」

梨湖は歌うように、〈今日のランチはどうかな~?〉と階段下にあるメニューを見ている。

僕は、階段上にある店の扉を眺めていた。

“海の見える丘・クリフサイド”、店の名前を確かめると階段を上り扉を右手で開け、梨湖の背中を押すという仕草をイメージしてみた。

「カールレイモン・ソーセージ添えペペロンチーノ?やったー!柊二、ビール飲む?」

梨湖が嬉しそうにはしゃいでいる。

梨湖、この後に大事な用事があるよ。ビールはガマンしよう!」

「分かっているよ柊二、相変わらず固いね。ジョーダンに決まっているじゃない。それより、ビールって言ったら喉を鳴らしたのは誰よ。しばらくは落ち着くまでダメだからね」

そう言うと梨湖は先に階段を上って行くので、僕も後ろから追いかける。

海の見える丘・クリフサイドは、梨湖が言うように女性客で賑わっていて、僕はちょぴり居心地の悪さを感じた。

 

「もうダメ、これ以上食べれないよ!せっかくダイエットしているのに。リバウンドしたら栗生姉にいさんのせいだからね!」

麻琴がそう言って口を尖らす。

「奏ちゃん無理、食べて!」

冬果が奏太朗に皿を突き出した。

「ハァ~!」

栗生姉と奏太朗2人一緒に同時に深いため息を吐いた。

「だいたい何で飲み物がクリオネ・スタイルなの?お腹が一杯で飲めないよ」

麻琴がプリプリと頬を膨らませて、冬果は背もたれに行儀悪くもたれかかっていた。

 

文筆堂では新メニューの“元町ケレー”の試食が行われていて、麻琴と冬果が3杯もおかわりし、栗生姉と奏太朗がそんな2人をチラリと見て大きなため息をついて、ブツブツと文句を言いながらも残したケレーを食べながら2人から味の感想を聞いていた。

夏妃と野本直美は材料やカレー粉の量、スパイスの配合などを相談していて、2人に寄り添うように青田亜弓と松原みのりが一生懸命にメモを取っていた。

尾崎と桐山卓也は、元町ケレーのポスターの図案や紹介文のアイデアを練っている。

やがてケレーの香りが漂う文筆堂サロンに、背の大きな男性が遠慮気味に顔を出した。


「こんにちは!夏妃に持って来るように頼まれて…」

口数が少なくブルーのダンガリーシャツにブラックジーンズ姿のこの男性こそ、夏妃の夫である康平で、手にはクチナシの花の鉢植えを持っていた。

栗生姉が「どうぞ!」と出迎えたが、鉢植えを渡すと帰ろうとする。

そんな康平に尾崎が「ケレーを食べないか?」と声をかけると、「ケレー?」と一言つぶやきながらも、匂いに誘われるようにおずおずと中にやって来た。

 


初めて姿を見た奏太朗と冬果、青田亜弓と桐山卓也、そして松原みのりに夏妃が康平を紹介した。

4人は夏妃には康平、麻琴には亮介という夫が居ることを知っていたが、会うのは今日が初めてだった。

松原みのりは、これまでの文筆堂でのやりとりから、夏妃と麻琴は結婚しているらしい?としか思っておらず、目の前に夏妃の夫である康平の登場に驚きを隠せないでいる。

もともと文筆堂の仲間たちは、自分のことを多くは語らず、またお互いをリスペクトしているので、プライベートには深入りしないという暗黙のルールがあった。

自分はまだ何も知らないと落ち込む松原みのりに、野本直美は康平は夏妃の夫でアクセサリー作家でもあり、作品は文筆堂でも展示販売していると教えていた。

康平は麻琴に向かって「亮介くんは元気か?」と訪ね、それに答える麻琴に「ウチに遊びに来るように言ってくれ」と話した。

 

栗生姉が文筆堂で新しくランチメニューとして出す元町ケレーだ!と康平に伝えると大きく頷き「悪くない!」と一言いうと夏妃を手招きした。

「夏妃、もうひと工夫だな!これをどうやって出す?食器も大事じゃないのか」

「康平さん、味つけや調理の仕方などは直美ちゃんと相談しているのよ。でも食器までは、まだまだ考えていないの」

「康平さん、渋い焼き物の皿とかどうかね?レトロな感じが合うような気がするんだが…」

栗生姉がそう言うと、尾崎をはじめ夏妃や麻琴も頷いた。

「直美ちゃんはどう思う?それと若い子たちの意見も聞きたいな」

康平がそう言うので、奏太朗と冬果や青田亜弓と桐山卓也、そして松原みのりは緊張して答えが出せない。

 

奏太朗たちが緊張して固まっているなか、野本直美が代弁するように口を開く。

「康平にいさん、アルマイトとか銀の食器とかどうでしょう?昔風のレトロな食器、昭和時代の給食に使われていたような食器とかなら、レトロな感じだし何より後片付けも簡単にできると思います」

「直美ちゃんいいと思うよ。栗生姉さん、尾崎先生、それなら僕にツテがあるので何とかなるよ。麻琴ちゃん、それでいいだろ?」

そして、康平は「じゃーこれで!」と帰って行った。

 

「麻琴ねぇさん!あの人が夏妃ねぇさんの旦那さんですか?」

「奏ちゃん、私のセリフ取らないで!まるで韓流ドラマの主人公みたいなイケメンだよ。亜弓、みのりちゃん、どうする?」

「冬果、どうするって言われても。ねぇ~みのりちゃん…」

「いや、冬果ちゃんも亜弓ちゃんも、素敵な彼氏がいるんだからダメだよ、そんな事言っちゃ。それに夏妃ねぇさんだって…。あっ!奏太朗にいさんや卓也くんが心配しているよ」

松原みのりの言葉に、素早く冬果が反応した。

「ウケる!奏太朗にいさんだって。みのりちゃん、奏ちゃんでいいんだよ。亜弓もそう言ってるし。アハハハ」

「ふ、冬果!私いつ奏ちゃんなんて言った?奏太朗にいさん、そんなこと一度も…」

「あのなー冬果。麻琴ねぇさん、おきざりだろ!松原さん、亜弓ちゃん、奏太朗にいさんは勘弁してくれ」

 

「ちょっとちょっと、皆んなさー夏妃ねぇさんと康平さんの事を聞きたいんじゃないの?頭にきた、もう教えてやんない!」

「すみません、麻琴ねぇさん。明日一緒にジョリジェリに行きましょう!」

「冬果ちゃん、亜弓ちゃん。奏ちゃんと卓也くんはね、みのりちゃんに初めて会った時に緊張してさ~」

「ワーワー!」と奏太朗と桐山卓也は麻琴の話を遮ろうと必死になっている。

「分かった!だから奏ちゃんは、みのりちゃんの事を松原さんって呼ぶんだ!いやらしい奏ちゃん嫌い」

「あの、冬果ちゃん。私はべつに…」

「いいのいいの、みのりちゃんは可愛いから、いいの。悪いのはスケベな奏ちゃんと卓也くんだよ!ねぇ~亜弓。奏ちゃんと卓也くんは文筆堂の帰り、ラッピで私たちに好きな物を食べさせてね。みのりちゃんも一緒に行こうね」

「冬果、まだ何か食うのか?」

「ねぇ、また私のこと忘れているでしょ?私も一緒に行くからね!保護者として当然よね」

「麻琴ちゃん、いつから保護者になったんだい?若い子たちに迷惑だろ」

「栗生姉にいさんったら、年寄りぶって若い子だって」

「麻琴ちゃんこそ、いつまでも平成生まれのふりするなよ」

「やれやれ、また始まった…」

尾崎は笑っていたが、夏妃と野本直美は康平が帰った後もずっと2人でケレーについて話し合っていた。

 

「柊二、美味しかったね。後でカール・レイモンのソーセージ買いに行こうよ」

「梨湖、カップルのお客さん居なくて緊張しすぎて僕はあまり味も分からなかった。でも僕にもデザートのケーキを出してくれたのは嬉しかったな。函館の人はマジで優しいよ」

「ガトーショコラと丁寧に淹れてくれたコーヒーが美味しかったね」

梨湖、コーヒーおかわりしたからな。僕のガトーショコラも半分取られたけど」

「柊二、ちょっとゆっくりし過ぎたね。アポイント取っていないけど、大丈夫かな?」

「そうだね、事前に連絡すれば良かったかも?でもいきなり、夏妃さんいますか?なんて聞けないし、とにかく文筆堂に行ってみよう」

 

ハリストス正教会、通称ガンガン寺の鐘の音が鳴り出し、元町から風に乗りベイエリアへと音を響かせている。

僕らは石畳からチャチャ登りを見上げ、この坂の途中にあるクリオネ文筆堂の場所を確認した。

目印は、屋根が十字架の形をしている聖ヨハネ教会だ!白い壁と坂の上にある青空が見事なコントラストを彩っている。

そして、僕は梨湖の手を握り、一歩一歩ゆっくりと歩き出した。


END


今回の「箱館クリオネ文筆堂物語」元町ケレー誕生編~は、いかがだったでしょうか?

前回からの続きとなりますが、文筆堂にやって来たのは梨湖と柊二の2人ではなく、夏妃の夫である康平でした。

しかし、冒頭とラストでは梨湖と柊二は文筆堂へと向っています!

いよいよ次回、この2人が文筆堂の扉を開けるのか?

それとも、不思議な力が働いて上手く辿り着けないままになるのか?

お楽しみに…。


さて、今回はあのお店が登場します!

「海の見える丘・クリフサイド」です。

このお店は、ぴいなつちゃんの作品指定席は、海の見える窓辺』に登場するお店で、梨湖が柊二を案内しています。

ぴいなつ作:函館ストーリー「指定席は、海の見える窓辺」https://greensaster.blogspot.com/2021/01/blog-post_20.html


そして、今回は夏妃の夫である康平が文筆堂に初登場!

夏妃(美蘭さん)の物語、函館ストーリー「彼女が電話をかける場合」に、初めて康平が登場します。

函館ストーリー「彼女が電話をかける場合」

https://greensaster.blogspot.com/2022/06/blog-post_13.html


それではまた、次の物語にて…