この物語は、僕が高校生の時に書いたラジオドラオマの脚本を、函館ストーリーとして編集したものだ。

テーマは「日本人の心」で、現代社会に蘇った座敷童子が高校生として転校して来て、その出会いから、忘れていた日本人の心ともいうべき感情を思い出す…

そんな内容のドラマだった。

やがて、この脚本を当時のヤフーブログで「かくれんぼ」というタイトルで物語として公開したことがある。

脚本は、教室のシーンから始まり、主人公同士の別れで終わったが、物語なので舞台を函館として、やがて続編も合わせて三部作となる長編となった。

これまで、何度も書き直してきたが、今回はぴいなつ先生の監修を経て、この物語もタイトルを新しくし、函館ストーリーとしてようやく完成となった。

それでは、物語の第一部をお楽しみ下さい…



 函館ストーリー「5月の陽~雪のうつろ」

 

【第1章:かくれんぼ】

ガボちゃんたち6人は、西部地区の廃墟となった古い洋館で、かくれんぼをして遊んでいた。

目に染む夏空の明るい楽しさ、青草を蒸す強い陽射しもガボちゃんたちには関係なく、どこからともなく聞こえる風鈴の音色が、耳に心地よかった。

 

函館山の麓に広がる、西部地区はかつては函館の文化と歴史を育んだ街。

お寺や外人墓地、古い洋館や教会など和洋折衷の折りなす景観が、どことなくノスタルジックな雰囲気をかもしだし、そこには異国が今も坂の上に存在している。

 

ガボちゃんたちは、かくれんぼのあまりの面白さに、やめられなかった

誰もいない古い洋館には、ガボちゃんたちの笑い声が響いていた。

「~~~95、96、97、98、99、100。もういいかい?」

「まぁ~だだよ!」

「もういいかい?」

「もういいよ!」

もう、何時ごろだろうか?

《遅くに、かくれんぼをすると必ず悪いことが起きる!》

そんな昔の言い伝えも気にしていなかった。

みんな、かくれんぼの面白さに夢中だったのだ。

やがて元町から、教会の鐘の音が遠く音楽のように聞こえ、ようやくガボちゃんたちは指切りをして、さよならを言った。

丘から海を見ると、夕陽がオレンジ色に輝きあたりを染め、ガボちゃんたちがいなくなった洋館を寂しく照らしており、黄昏に染まる光景は海と空が溶け合うような5月の陽の光に輝いていた。

 

ガボちゃんたち6人は、それぞれの坂を駆け下り家路を急いだ。

函館山の麓には海に向かって下る幾筋もの坂道があり、石畳はその足音を刻んでいる。

そして、サトちゃんとアッちゃんは行き先が同じなので、二人で坂道を急いでいた。

恐かった

道の両側の木が影を作り出していて、辺りは真っ黒だ。

風がときどき吹いて草の葉を鳴らす。

この道には、お化けが出るという噂がある!

それだけではない、早く帰らなければ、親に叱られる。

そこへ、いきなりフクロウが鳴いた!

『ホーッ』

しばらく二人は黙って見つめ合い、やがてワッーと泣き出してしまった

 

次の日も、また次の日も、ガボちゃんたち6人は、毎日のように古い洋館で、かくれんぼをして、遊んだ。

ある日、サトちゃんがオニになった時、洋館の片隅で古い絵本を見つけた!

本が好きなサトちゃんは、すぐにその絵本に夢中になった。

そして傍には、いつの間にかナオミちゃんがいた。

二人は、ずっと絵本を眺めていた、かくれんぼの事を忘れて

 

【第2章:出会い】

「尾崎先生!」

2年A組の野本直美が、元気いっぱいに手を振りやって来た。

笑顔が愛くるしい、とても可愛くて明るい女の子だ。

「こらこら、廊下を走るな!」

野本直美は、クスクスと笑いながら、「ごめんなさい」と言った。

 

「尾崎先生、こんなところで何しているんですか?」

「建築中の体育館を見ていたんだよ

「体育館?」

「先生が子供のころ古い洋館で、かくれんぼをして遊んでいてね。その時の事を思い出していたのさ。さぁさぁ、野本君!授業に遅れるぞ」

「ハイ、尾崎先生」

「こらー!走るなって」

彼女は、転校生だったな

今日から二学期、午後は2年A組の授業からか?

みんな夏休みボケだろうから、かくれんぼの話でもしてやるか…

尾崎先生はクスリと笑うと、また建築中の体育館を眺めた。

「そういえば、あの時のかくれんぼは、僕が絵本に夢中になり途中で終わったんだよな?」

 

渡り廊下の窓から、建築中の体育館が見えていた。

夏休みに、懐かしい講堂は一瞬にして解体してしまった。

もう、あの古びた天井を思い浮かべることは難しいだろう。

毎週の朝会で踏みしめた板の感触、あの、重い扉はもう無い。

だが、幾年もの間に汗が流れ合唱が鳴り響いたところだった。

それだけではない

数百人・数千人もの生徒が生きてきたところでもあった。

それら、見えない生徒の想いを土台にして、新しい体育館がすくっと建った。

過去は解体し、大切な土台だけが残ったのである。

土台の上には、新しい人生を作るかのように、輝く床は広がり空間は上に高い。

尾崎先生にとって、あの講堂は幼い頃に遊んだ古びた洋館の匂いがし、かくれん

ぼをした思い出を回想する場所でもあった。

もう、かくれんぼの事を思い浮かべる事は、できないのだろうか?

 

「そういえば、急にかくれんぼの事を思い出したな?あの時、ナオミちゃんがいてう~んナオミちゃん?おっと2年A組の授業が始まるか

尾崎先生は、しきりに首をかしげながらナオミちゃんの事を思い返すのだが、どうしてもナオミちゃんの事はそれ以上、分からなかった。

尾崎先生は、不思議な気分のまま、ゆっくりと2年A組の教室に向かった。

 

【第3章:座敷童子】

「起立、礼、着席」

尾崎先生は、2年A組の生徒一人ひとりの顔を眺めていた

アクビをしている者、真っ黒に日焼けしている者、みんな元気いっぱいだ。

尾崎先生は、何度も何度も出席簿と生徒の顔を見つめ直した。

教室が、ざわめき出した頃

「おやおや、これはまるで座敷童子みたいだな?」

教室がシーンと静まりかえった。

尾崎先生は、満足そうに微笑みながら 話をはじめた

 

「どうやら、座敷童子がいるようだな?一学期は45人だったのに、今は46人になっている

「先生!その座敷童子って、何ですか?」

「そうか、君たちは知らないのか?先生の生まれた東北の山里には、座敷童子というのがいたんだ。よく子供たちが集まって遊んでいると、いつの間にか人数が増えている。たとえば最初10人だったのに、気が付くと11人いる!この11人目が座敷童子なんだ。でも誰が最初にいなかったのかは、どうしても分からないんだよ」

「やだぁー恐い!」

「気味が悪いわ」

「その、座敷童子は誰なんですか?」

「さぁ、誰だろうね?でも座敷童子である確率は、46人が平等に持っているからねぇ」

「だけど、一学期にいなかった人って、誰?」

「うん、先生もさっきから一人ひとり順に顔を見て考えているがみんな一学期からいるんだよな!たぶん、先生の気のせいかもしれないな~」

「ねぇ、アキちゃん一学期からいた?」

「ちょっ、ちゃんといたよ!」

夏休みも終わり、元気な顔を向けあって、ペチャクチャとお喋りを始めた生徒たちを、尾崎先生は教壇の上から、楽しそうに眺めた。

教室の窓からは、眼下に八幡坂が広がり敷き詰められた石畳の坂道は、港に向かって大きく続いている。

尾崎先生は、青空の広がりに目を細めながら短い夏の終わりを感じていた

 

【第4章:歴史の記憶】

初秋の夕暮れ、尾崎先生は学校の帰り元町公園に立ち寄り、今日の座敷童子騒動の事を考えていた。

病葉が先生の肩に舞い落ちて、辺りは夕陽に染まっている。

函館ハリストス正教会の鐘が鳴り響き「そろそろ、帰ろうか?」と、尾崎先生が大きく背伸びをしたその時、タッタッタッと掛けてくる、元気な足音があった。

 

「尾崎先生!」

2年A組の野本直美が、セーラー服の襟をひるがえし手を振りながらやって来た。

笑顔が似合う、元気で可愛い生徒である。

彼女は、ハァハァと息を切らしながら、リスのようなクリクリした瞳で先生の横顔に笑いかけた。

「こんなとこで 何してるんですか?」

「今、帰り?」

「クラブの練習があったので先生、今日の座敷童子の話、面白かったぁ!」

「ありがとう君の家はこの近く?」

「はい」

そういえば、野本直美が公園の横を自分に向かって手を振り、通り過ぎて行ったことが、何回かあったような気がする

「先生!座敷童子の話、もっと聞きたいなぁ~」

「そうか、次の授業の時にでも、またやるか?」

「えっー!次まで待てない。私、ああいう話すっごい好きなんですよ。だから今、聞きたい」

「今日は、もう遅いぞ」

「じゃあ明日、あしたここで待ってるから。ねっ!お願い~」

「分かった、なるべく早く来るよ」

「先生!約束だからね。バイバイ」

「おぅ!気を付けて帰るんだぞー」

野本直美は元気に手を振り、基坂を下って行った。

どちらかというと童顔な彼女だが、そのスタイルの良さと明るい笑顔のせいもあり、実際の年齢よりも、幼く見える。

また、愛くるしい笑顔の中から垣間見る横顔は、とても美しく知性的な一面を覗かせている。

尾崎先生は、野本直美の後ろ姿が見えなくなるのを確認して、ゆっくりとベンチから歩き出した。

二人が去った元町公園では、旧函館区公会堂がそこだけ夕日を浴びてブルーグレーの外観をよりいっそう美しく引き立てていた。

 

次の日、尾崎先生は野本直美と元町公園のベンチに腰掛け、座敷童子のことや生まれ故郷のことを語って聞かせた。

「先生って、函館で生まれてないんだ?」

「あぁ、生まれたとこは遠いよ、函館からだと電車に乗って、さらに新幹線を乗り継ぎ、また電車に揺られてって感じだな

「遠いんだぁ?」

「でも、いい所だぞ」

「私の生まれたとこも、遠いよ」

「君は、転校生だったね?」

「そう、一年生の途中から

「君は、どこの出身?」

とても、とても遠い所」

そう言って野本直美は、立ち上がり夢を見るように夕焼け空を眺めた。

細くて長い首は白く、彼女の美しさをより際立たせ 微笑みは無邪気そのものである。

「なんだい、一口では言えないほど遠いのかい?ひょっとすると、座敷童子は君なのかもしれないねぇ~!そして、深夜0時になると魔法がとけるのかな

尾崎先生がそう言うと、野本直美は首をすくめ、カバンを抱きしめクスクスと笑った

そして急に真顔になり

「そうよ、座敷童子は、私なんです!」と、答えた。

「でも、君は一学期もいただろう?」

「それは私が先生や他の皆に、そういう記憶を与えたからでも先生が数字に強いのを忘れていて、うっかり45人という先生の記憶を消し忘れたの」

「なるほど野本君はどうして、そんな遠い所から、この函館へやって来たの?」

「私のふるさとは、誰も知らない山奥の小さな隠れ里で、美しい自然と動物たち。そして誰もが幸福に暮らしていて、私は人間の世界を勉強したくて、この函館の街にやって来たわけ

「そんな所が日本にもあるんだ!先生も行きたいね。そして女の子はみんな、野本君のように可愛いんだろうな

野本直美は、少し顔を赤くして、またクスクス笑った。

「私、帰ります」

「遅くなったね、気を付けて帰るんだよ」

「さようなら、尾崎先生」

「あぁ、さようなら野本君!また明日、会ってくれるね?」

野本直美は、ニッコリと笑いながら手を振り、去って行った。

尾崎先生は、彼女の後ろ姿を見送ってから、ゆっくりとベンチに座り、体を伸ばし空を見上げた。

「空を眺めるのは、ずいぶん久しぶりなような気がする。彼女は空想家だな」

尾崎先生は、そうつぶやくと元町公園を後にして歩き出し、野本直美の澱みなく物語った、彼女の国を夢想した。

それは、先生を遠い外国やおとぎ話に夢中にさせた、子供の頃のように。

尾崎先生は、暮れゆく街並みを、黙って見つめた。

まるで、どこか知らない国へ紛れ込んでしまった旅人のように感じるのだった。

 

【第5章:冬の訪れ】

函館の秋は、ひと足先に訪れて、駆け足で過ぎていく。

元町公園の木の葉は落ち尽くし、何もかもが寒々と感じられる

もうすぐ、秋が終わろうとしていた。

「どうした!元気がないな?」

「尾崎先生!私、ひょっとしたらこの冬、隠れ里へ帰るかもしれないんです」

「どうして!帰ったら、もうこの街には来ないの?」

「えぇ!来ないと思います」

尾崎先生は、ゆっくりとうなずいた。

そして、しばらく二人は黙ってお互いの顔を見つめ合っていた。

「また、きっと逢えるよ」

「ええ、いつかまた」

《そうか、転校するのか?隠れ里とは、上手い表現だな…》

尾崎先生は、そう心の中でつぶやいていた。

 

「尾崎先生! 私、先生のこと大好きだった。さようなら

「野本君

野本直美は、寂しそうに白い額を少し伏せ、それでも微笑しながら尾崎先生に軽く挨拶し、ベンチを離れた。

尾崎先生は立ち上がったまま、野本直美が下りて行った基坂をいつまでも眺めていた。

《尾崎先生!私、ひょっとしたらこの冬、隠れ里へ帰るかもしれないんです》

野本直美の言葉は、長い時間その場所にとどまり、彼女の残像がいつまでもそこにあった。

夕闇せまる元町公園に、教会の鐘の音が響く

尾崎先生は、ようやく元町公園を離れた。

しかし、先生の耳には野本直美の澄んだ声がいつまでも残っており、教会の鐘の音がやけに遠くに聞こえるのだった。

 

その夜、尾崎先生は野本直美の夢を見た。

夢の中で、尾崎先生と野本直美は、子供であり先生の生まれた山奥の村で、かくれんぼをしていた。

「ナオミちゃん!」

尾崎先生は、目を覚ました。

遠い記憶が甦った

あの頃、確かにナオミという年下の女の子がいた。

しかし、その子がまだ小さい頃に、尾崎先生は父親の転勤で、生まれ故郷の地を離れ函館に来たのだ。

遊んでいるとき、気が付くと隣には、いつもナオミちゃんがいた。

「ナオミちゃんいつも、僕の隣にいたんだね。子供の頃、函館に来てガボちゃんたちと、かくれんぼをした時も、一緒にいたんだね」

目には、あふれる涙が止まらなかった

 

次の日、野本直美は学校へ来なかった。

2年A組のクラスの人数は45人になっている。

そして、野本直美という女子生徒や、かつてクラスの人数が46人だった事、尾崎先生が語った座敷童子の話は、誰も覚えていなかった。

 

尾崎先生は、いつものように学校の帰り、元町公園に立ち寄った。

「また、冬が来るんだな山里ではもう、雪が降り始めただろうな座敷童子は、冬が来たので ふるさとへ帰ったのかな?ナオミちゃんは行ってしまったのか?遠い遠い、彼女の国へ

 

【第6章:雪のうつろ】

野本直美から、尾崎先生へ手紙が届いたのは それから二週間後だった

 

前略、尾崎先生。

雪と風と空気の静寂の中で満月がこうこうと照って鈴の音が、遠く近く聞こえてきます。

今まで、尾崎先生のことばかり考えていた私ですが、雪の中に吸い込まれていく自分自身の声に気が付きやっと、何でも出来そうな気がしてきました。

私は、尾崎先生と出会い

人の世の愛を知り、人の世の喜び悲しみを知りました。

今、自分にとっていい経験をしたと思っています。

あの頃は、尾崎先生の言葉の優しさが、とてもとても嬉しくて、私にとって忘れる事のできない心のぬくもりでした。

私のことが、尾崎先生の思い出の中に残れば、それでいいのです。

さようなら、尾崎先生。

私は、尾崎先生のこと忘れません。

さようなら

 

尾崎先生は、いつものように学校の帰りに元町公園に立ち寄っては、野本直美の手紙を何回も読んだ。

たった数ヵ月の、小さな不思議な出来事であった

尾崎先生は、手紙を読むたびに、ある想いを感じていた。

それは、舞い落ちた最初のひとひらの雪のように、はかなく消えたあの少年時代の思い出だった。

《時計の針を逆に回して、ひととき過去へ旅したい》 

尾崎先生は、思わずそうつぶやいた。

懐かしい思い出たちが雄弁に語りかける、そんな声が聞こえる中…

しかし尾崎先生の耳から、野本直美の澄んだ声がどうしても離れないのである。

尾崎先生は、ナオミちゃんに切ない恋心を抱いていたことに、気が付いたのだ。

やがて尾崎先生は元町公園から、再び学校へと向かった。

晩秋の夕暮れが、校舎をセピア色に染めている。

八幡坂を背に校舎を眺めていると、セピア色の世界から野本直美が語りかけてきた

「初雪の降った日に 好きな人と一緒にいると その恋は叶うんですよ!」

尾崎先生は、思わず叫んだ。

「ナオミちゃん!」

突然、尾崎先生は頬に冷たさを感じた。 

それは今年、最初の雪だった。

その、はかない淡い雪が尾崎先生の悲しみや胸の痛みを、静かに静かに消してくれた。

尾崎先生は、すべての音を吸い取るように、どこまでも白い雪をいつまでも眺めていた。

「サトちゃん

尾崎先生は、野本直美に名前を呼ばれた気がして、振り返った。

しかし、そこには誰もおらず薄緑に霞んだ函館山が白い帽子を被っている。

それを見たとき尾崎先生は長い間、帰っていない生まれ故郷のことを想った。

「遠いなぁ

 

END


函館ストーリー「5月の陽~雪のうつろ」は、楽しんでいただけましたか?

この物語は、3部作からなる構成で、その第1部作品となります。

座敷童子である野本直美が語る「隠れ里」とは、妖怪が住む所と言われています。

秋も深まる夜更けに月明かりがこうこうと照らす中、パタパタとどこからともなく音が聞こえる時がありますが、これは「隠れ里の餅つき」の音だと、昔からそう伝えられています。

このようなノスタルジックな感覚ともいうべきものは、今では忘れてしまっているのではないでしょうか?

それこそが、この物語のテーマでもあります!

それでは、第2部でまた…