今でも妖怪が出るという岩手県遠野市は、柳田國男の『遠野物語』で知られる民話のふるさとだ。 

遠野の地名はアイヌ語の「トオヌップ」からきており、湖と高原を意味する言葉が表すように北に早池峰山、東に六角牛山、西に北上山と3つの山から囲まれた盆地となっている。

早池峰山に源を発した河童が出る猿ヶ石川と天狗が出る仙人峠より流れる早瀬川が市の西側で合流しており、中心部を離れると素朴な田園風景の中に茅葺き屋根の水車小屋がひっそりと佇んでいる風景に出会う。

遠野は、今なお昔からの民話風俗がそのまま生きていて、里の神(十王様・金精様)、家の神(座敷童子・オシラ様・屋内様)、妖怪(河童・天狗・雪女・山男)などの怪異談が今もって語り継がれ、山川草木ゆかりの石塔神や道祖神などの土俗信仰が古くから信じられている。

 

明治四十市年十一月、柳田國男は岩手県遠野出身の佐々木喜善と出会う。 

喜善が語った遠野地方の伝説や昔話の数々に、柳田は驚愕したという。 

こうして柳田は『遠野物語』として記録することを即座に決意したのだ。 

『遠野物語』の序文にはこう書かれている。 

《願わくば之を語りて平地人を戦慄せしめよ》 

この東北の小さな城下町を全国的に有名にしたのは、たった一冊の本だった…。

 

明治43年に自費出版された『遠野物語』がそれである。