こちらは、「ぴいなつ作品」です!ぴいなつちゃんの作品を紹介しています。


ぴいなつちゃんの新作「函館ストーリー」が完成しましたので、公開いたします。

今回は「路面電車」がテーマの物語で、函館市内を走る路面電車で出会った、高校生の青春ストーリーとなっています。

それでは、お楽しみ下さい!

函館ストーリー「夏の終わりのサンタクロース」

 

僕は、毎朝739分の路面電車に乗って高校に通っている。

僕が乗って2つ先の[宝来町]の電停で、同じようにこの市電に乗ってくる女の子がいた。

女子高のセーラー服がとても似合っている。

いつもギリギリで、息をハァハァ言わせながら乗車してくるんだ。

《あーぁ、また走ってるよ…》なんて、いつのまにか、その子を目で追っている自分がいた。

 

金曜日、彼女の姿がなかった。

《風邪でも引いたのかな?》

彼女の事が気になって、僕は授業中にまで考えてしまう。

 

週末で学校が休みだというのに、僕は彼女がいつも乗ってくる[宝来町]の電停のあたりを、ウロウロしていた。

《僕は何をやっているのだ。いるわけないじゃないか…》

そう自分に言い聞かせながら、近くにある古本屋に立ち寄った。

 

目的もなく、ぶらぶらと古本屋をのぞく時間が、僕は好きだ。

背表紙を眺め、ピンときたものを手に取り、パラパラとめくって決めるのだ。

そうやって、いままで出逢ってきた本がたくさんある。

最近は、誰かさんのことを目で追うのが忙しくて、市電の中では読んでいなかったな…。

思い出しながら、ついニヤケてレジに向かうと、見覚えのある姿がそこにあった。

《彼女だ!え?どうしてここに?》

動揺を隠しきれない僕は、慌てながらも本を差し出した。

《僕のことなんて、気づくはずもないだろう》

そう思っていた矢先、いきなり彼女が言った。

「あ、いつも同じ市電に乗ってますよね?」

「え?あっ…はい」

「きのう、父が急に入院しちゃって。でね、きょうは店番してるの」

「だから昨日の朝、乗ってこなかったんだ…。お父さん、大丈夫?」

「うん、たいしたことないって。急にお腹が痛いってうずくまってね、救急車で運ばれたの…。それで、学校も休んじゃった。大っ嫌いなプールのテストの日だったから、ちょっとラッキーだったけど。」

そう言って、彼女は笑った。

「そっか…不幸中の幸いってやつ?あ、ゴメンね、大変だったよね。」

「いいの、いいの。こんなときはね、笑い飛ばしたほうが気楽だもん!」

そう言って、あっけらかんと笑う彼女が、とても眩しかった。

次のお客さんが僕の後ろに立っていたので、楽しい時間はそこまでだ。

「じゃあ、また市電で」と、僕が言うと…

「オッケー!月曜日にね」と、彼女が手を振ってくれた。

特別な約束でもできたように僕は嬉しくなり、[宝来町]の電停に向かいながらスキップした!

いや、そんな気分だった。

 

日曜の夕方といえば、《明日から学校か…》と憂鬱な気分になるのに、こんなに待ち遠しい月曜日があったのかと、嬉しくなった。

次の日…

《ドキドキを隠し切れていないのでは?》と心配しながら、平静を装って市電に乗り込んだ。

そして、彼女が乗ってくる[宝来町]の電停が近づくと、いっそう心臓が高鳴った。

ポニーテール姿の彼女が立っている、いつもは髪を下ろしていたのに…

《かっ、可愛いすぎる…》僕の心臓が飛び出すかと思った。

 

彼女が市電に乗り込むと「おはよー!」と、僕の目の前に立った。

「重~い!これ、持っててくれる?」と、彼女はカバンを僕の膝の上にのせ、隣に座った。

「あ…いいよ」

特別な存在になった気がしてドキドキしながら、僕は大事に彼女のカバンを抱えていた。

ついているキーホルダーのキャラクターに、心を見透かされているような気がして、僕は真っ赤な顔でうつむいた。

やがて僕が降りる[千代台]の電停が近づくと、彼女が制服のポケットから、小さな紙を僕に手渡した。

市電の彼女を見送った後、まわりに誰もいないことを確かめて、その紙を開いてみる…。

《土曜日は、ご来店ありがとう♪またお待ちしてまーす!

ねぇねぇ、一言でもいいからさ、毎日、文通してみない?市電を降りる前に渡すんだよ。あしたは、キミの番ね!

あ、わたしの名前はね、冬果だよ。「ふゆか」って読むの。じゃあ、またあしたね!》

 

《冬果ちゃん…》なんて可愛い名前なんだ。

僕は誰が見てもわかるくらいニヤケていた。

《ぶ、文通!?》ふと、我に返って慌てた。

《何を書こう…》その事ばかりが頭から離れず、授業中にもノートの片隅にメモをしていた。

隣の席の女子に気づかれそうになって、教科書で隠して誤魔化したけど、頭はパンク寸前だ。

  

翌日、冬果ちゃんは走ってギリギリに乗車してきた。

彼女らしい登場の仕方だ。

また、カバンを僕の膝に乗せ、当然のような顔をしている。

僕は手紙を渡すタイミングを考えて胸がはち切れそうだというのに。

[千代台]の電停が近づいてくる、今日のデートもここまでだ。

市電を降りるときに、さりげなく手紙を渡すことができた…

結局、悩んで悩んで書いた内容がコレだ。

《冬果ちゃんへ 文通なんて初めてだから、正直、何を書いたらいいかわからないけど…

思いつくことを書いてみます。そうそう、お父さんの具合はどう?早く良くなるといいね。

こないだ買った本を読み終わったら、また新しいのを探しに行くね。土日なら、店番しているのかな?オススメの本があったら、教えてください。

あ、僕の名前は奏太朗と書いて、「そうたろう」と読みます。小さい頃から、そうちゃんって呼ばれることが多いかな?って、聞いてないか()

そうそう、僕は[谷地頭]の電停から乗ってます。明日は、冬果ちゃんの番だからね!ヨロシク!》

これだけ書くのに、何時間かかっただろう。

だけど、冬果ちゃんの顔を思い浮かべながら書いている時間は、とても充実していた。

 

そんなやりとりを何度も続け、僕たちの心の距離はどんどん縮まっていった。

家族のこと、勉強のこと、ハマっているテレビの話などなど、話題は尽きなかった。

誰にも話したことがなかった気持ちを書いたこともあって、自分でも驚いた。

ある朝、彼女から届いた手紙は思いがけない内容だった。

《今度の日曜に、一緒にラッキーピエロに行かない?》と…。

で、デートか!?

冬果ちゃんによれば、十字街にあるラッピは、一年中クリスマスなんだそうだ。

なにやら楽しそうじゃないか・・・。

僕は、もちろんオッケーの返事を出した。

《何を着ていこう?》普段から私服の高校だから、特に違和感はないだろうけど…。

《冬果ちゃんは、何を着てくるんだろうなぁ》

 

そんな想いが伝わったのか、彼女からの手紙にはおもしろい提案が書かれてあった。

《ラッピに行く日に、そうちゃんは緑のものを身につけてきてね。わたしは、赤いものを着ていくから。二人揃ったらクリスマスみたいで、いいでしょ?》

彼女の、こういう発想が楽しくて好きだ。

デートの日、[宝来町]の電停で待ち合わせをし、市電に乗り十字街で降りた。

ラッピに着くと、本当に夏だというのにサンタさんがいた。

入口から、冬果ちゃんは大はしゃぎだ。

「やっぱ、チャイニーズチキンバーガーかな?」

「わかる~!次こそは冒険しようって思うんだけど、ついつい頼んじゃうんだよね~!で、食後は…」

「シルクソフト!!」

二人の声が揃って、大笑いした。

なんて幸せな時間だろう、夢を見ているんじゃないよな?

席に着くと、僕はリュックの中から冬果ちゃんへのプレゼントをだした。

クリスマス気分で内緒で用意したんだ。

「コレ、もらってくれる?冬果ちゃんをイメージして選んでみたんだけど・・・」

「え~!ほんとに?嬉しい!!あけていい?」

「もちろん!」

それは、こたつの上にみかんが乗ったスノードームだった。

こたつの横には猫が気持ちよさそうに眠っている。

「なにコレ~!かわいい!!」

「冬果ちゃんって名前を知ったときにさ、真っ先に、みかんが浮かんだんだよね。そしたらさ、金森倉庫の雑貨屋さんで、コレを見つけて。おもしろいだろ?こたつにみかんのスノードームなんて!」

「こういうの、だいすき~!そうちゃん、わかってるぅ!ありがとう!」

想像以上に喜ばれ、僕は照れながらも素直に嬉しいと思った。

こんなにストレートに感情を表現してくれたら、こっちまで素直になれる、そう思った。

「じつはね、わたしもプレゼント用意してたんだよ・・・以心伝心だねぇ、ハイ、あけてみて!」

「ありがとう!なんだろう…」

彼女からの贈り物は、ハート型をしたジュディマリの《そばかす》のオルゴールだった。

「わたしもね、奏太朗って名前を知ったときに、真っ先に浮かんだのがオルゴールだったの。奏でるっていう字から連想してね!曲はね、いろいろ迷ったんだけど、ほら、わたしそばかすがあるでしょ?だからコレにしちゃった。ジュディマリのYUKIちゃんはウチの高校の出身だしね!ちなみに…わたしも金森倉庫で買ったんだけど、いつ行ってたの?」

「昨日だよ」

「マジ?わたしも、昨日だよ?」

二人で、また、大笑いした。

「ところで、気づいてた?」と彼女が言った。

「え?なにが?」

「それ、緑のラコステのポロシャツでしょ?」

「そ、そうだけど…。」

「ジャーン!わたしは、赤のラコステでした~!うける、うける~!」

オーバーオールの胸当てで隠れていたラコステのロゴをめくってみせながら、屈託なく笑う彼女をみていたら、たまらなく好きだと思った。

 

こんなにシンクロがあるって、きっと、夏の終わりのサンタクロースが僕たちの恋を応援してくれているに違いない。

チャイニーズチキンバーガーを頬ばりながら、僕は、幸せを噛みしめた。

 

END


函館の路面電車は、観光客だけでなく市民の足として人気があり、ガタゴトと揺れながら走る市電(路面電車)は、函館のシンボルと言えるでしょう。

主人公の2人がデートする「ラッキーピエロ十字街銀座店」は、クリスマスがテーマのお店で、1年中がクリスマス。

函館を訪れた観光客は、「マクドナルドが無い」「有名なコンビニが無い」と感じるのですが()

函館の人にとって、ハンバーガーは「ラッキーピエロ」であり、コンビニは「ハセガワストアー」なのです。

「チャイニーズチキンバーガー」

天下のマクドナルドはラッキーピエロに遠慮して、看板を小さく低くひっそりと出しているのだと、いいます。

函館ストーリー「夏の終わりのサンタクロース」、いかがでしたか?

それでは、また次作までお待ちください。