今回も箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂物語」でお楽しみ下さい!

 

おや?

いつものように楽しげな会話が聞こえてきません…。

どうした文筆堂?

何かあったのでしょうか?

それでは、お楽しみ下さい!

 

箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂物語

 ~I am thinking of you at all times!~

「ただいまー!」

「おかえり、夏妃ちゃん一人かい?」

「えっ、尾崎先生どうしたんですか?栗生姉にいさんは?」

「今日は僕が店番を頼まれてね。栗生姉さんは朝から出掛けているよ」

「すみません。何も知らなくて、だったらもっと早く来ればよかった。それに栗生姉にいさんも尾崎先生に頼むなんて失礼だわ。尾崎先生、そんな時は私か麻琴ちゃんに連絡してください!栗生姉にいさんったら、もう」

夏妃が珍しく怒っている…

 

「ありがとう!夏妃ちゃん。でも、麻琴ちゃんだって仕事があるだろう?無理させちゃいけないよ。僕は、仕事の帰りや休みの日に来てるだけだし、それに独り者だしね…。康平さんは何も言わないのかい?」

「康平さんは一人で居るのが好きなんですよ。そして、ふと創作のアイデアが浮かぶと直ぐに取りかかる。そういう段取りがないとダメなんです。でも、いつも文筆堂の話は楽しそうに聞いていますよ。私が帰ると、今日はどうだった?と康平さんの方から聞いてきますから」

「そうかい、それならいいのだけど。直美ちゃんと心配していたんだよ」

「ありがとうございます尾崎先生。大丈夫ですよ、麻琴ちゃんも同じですから。だから、直美ちゃんに心配するなと言っておいて下さい!直美ちゃん、誰よりも優しくて心配性なんだから」

「分かった、そう伝えるよ」

その後、何故か2人は押し黙ってしまう…。

 

「そうだ、今日は開店と同時に観光のお客さんが来てね。いつもは観光客の人たちと話をする機会もないから、なかなか新鮮だったよ」

尾崎が慌てて口を開いたが、夏妃は真剣な顔をして考えをまとめているように見える。

尾崎は、そんな夏妃の表情に驚きながらも、夏妃からの言葉を待っていた…。

 

「尾崎先生!今は、2人しか居ないから聞きますけど、尾崎先生は直美ちゃんをどう思われているのですか?あんなに尾崎先生を慕っている直美ちゃんを、いつまで一人にするのですか?尾崎先生はさっき独り者だからとおっしゃいましたが、私の前だからいいけど直美ちゃんが一緒に居たらきっと傷つきます!」

思いがけない夏妃の言葉に、驚きを隠せない尾崎であった…。

 

「う~ん。話せば長くなるというか、僕が言っていい事なのか?正直、難しいのだよ。でも、夏妃ちゃんには聞いてほしいかな?本当は直美ちゃん自身がみんなに伝えたいと言っているのだが、僕が抑えているんだよね。この事は、栗生姉さんも誰も知らないことなんだ」

「尾崎先生、何も知らずにすみません!そんな大切な事とは知らずに。私なんかが勝手にとやかく言うべきではないです。失礼をお許し下さい。でも、やはり私は直美ちゃんの事が…」

「いいんだ、夏妃ちゃん。いつかは話さなきゃならない事だし、僕も直美ちゃんには申し訳ないと思っている。しかし、話すタイミングというか?文筆堂の仲間も増えたし、いきなりみんなに伝えるよりも、夏妃ちゃんに話を聞いてもらうのが良いかもしれない。今日が、そのタイミングなのかもしれないね?うん、きっとそうなんだろうな」

尾崎の言葉に、自分がとんでもない事を言ってしまったと夏妃は後悔したが、それより野本直美の事が心配なのだからと自分に言い聞かせていた…。

 

「尾崎先生、私なんかでいいんですか?栗生姉にいさんも知らないなんて、私には荷が重いと思います。それに、直美ちゃんに許可を得ないで大丈夫ですか?」

「直美ちゃんは、今日は観光の仕事で忙しくしているよ。確か、麻琴ちゃんともその後に一緒に仕事の打ち合わせがあるとか言っていたな。でも、ちょっと連絡を取るよ」

尾崎が、野本直美に電話をしている姿を横目で見ながら、夏妃は逃げ出したいような気持ちになった。勝手なことを言って2人を傷つけているのは自分ではないか?直美が心配だ!なんて言いながらも、自分が言うべきことではなかったと深く反省する夏妃であった…。

 

「あぁ、直美ちゃん今は大丈夫かい?うん、仕事は順調かと心配でね。そうか、それならいいんだ!午後から麻琴ちゃんとも仕事だろ!えっ、遅くなる?そうかい、分かった。みんなに話しておくよ。それから、今ね夏妃ちゃんと2人で文筆堂に居るんだ。うん、栗生姉さんは朝から出掛けていてね。直ぐに夏妃ちゃんが来てくれたから心配ないよ。それで、例の件なんだが、僕から夏妃ちゃんに話しをしてみてもいいかい?うん、今後の事もあるから夏妃ちゃんに相談するのが一番だろうと思ってね。どうだろう?そうか、分かった!明日にでも今度は3人で話そう。そうだね、夏妃ちゃんならきっと大丈夫だし。僕らの心配事も解決してくれるだろう。仕事が終わったら、連絡してくれ!じゃあー」

夏妃は、尾崎が野本直美に電話している傍らで、泣き出しそうになる感情を必死で抑えていた。心臓の鼓動が早く、緊張から立っているのが精一杯であった…。

 

「夏妃ちゃん、直美ちゃんも麻琴ちゃんも今日は遅くなるので文筆堂には来れないそうだ。それに夏妃ちゃんに話をすることは直美ちゃんからも、ぜひにと言われてた。だから、僕からの言葉というより直美ちゃんからの言葉と思って聞いてほしい…」

「待って!尾崎先生。そんな大切なお話を、いつ誰がやって来るか分からないこの状況ではダメです。ちょっと待って、康平さんに電話しますので」

「えっ、康平さんも来るのかい?」

「あっ、康平さん!わたし夏妃です。今から、尾崎先生と2人で大切なお話をするので文筆堂の留守番をお願いできますか?栗生姉にいさん、尾崎先生に店番を頼んで朝から出掛けているんです。それに、大切なお話は直美ちゃんの事なんです。尾崎先生と2人、ゆっくりと話しがしたいんです。とても大事なお話なんです。だから、康平さんにお願いするしか…。えっ、そうですか?では待っています」

夏妃は尾崎に康平が文筆堂に来て、店番を引き継ぐことを伝えた…。

 

「いや、夏妃ちゃん康平さんに店番なんかやらせたら僕が栗生姉さんに怒られるよ。どうだい、文筆堂が終わってからどこかで話そうよ。何なら康平さんも一緒に」

「ダメです、尾崎先生。タイミングが大事だと言ったのは尾崎先生ですよ!今がそのタイミングじゃないですか?それに康平さんはちゃんと分かっています。直美ちゃんのためにも私たちはしっかりしなければならないと思います」

「わっ、分かったよ!康平さんが来たら、店番をお願いしよう。その前に栗生姉さんに店番を康平さんに変わると連絡しなきゃ」

「尾崎先生、元はと言えば尾崎先生に店番を頼んだ栗生姉にいさんが悪いんです。だから、そのままでいいので準備して下さい」

夏妃が怒る姿を初めて見た尾崎は、黙って夏妃に従うしかなく自分のせいで、みんなに迷惑を掛けているなと思った。野本直美をかばう気持ちが裏目に出てしまっている事を今さらどうすることも出来ず、素直に夏妃に打ち明け相談するしかないと思った…。

 

「お待たせ!坂の下にタクシーを待たせているから、それを使うといい」

「康平さん、すまないね。ホント申し訳ない」

「尾崎先生、夏妃から話は聞いてるから。さぁ~早く」

「尾崎先生、早く早く。康平さん、では宜しくお願いします」

「おう、任しておけ!」

夏妃と尾崎が文筆堂を出て行く後ろ姿を見ながら、康平は野本直美のことを想った…。

 

誰よりも優しく心配性で、函館のことを愛してやまない20代そこそこの若い女性。

しかし、ミステリアスなその素性は誰も分からず、文筆堂のみんなからはいつも一目置かれているが、冬果たち女子高生たちからは一番信頼され憧れの存在でもある。

そんな野本直美を尾崎がいつも片時も離れず見守るようにしている姿は、恋人同士というよりもっと深い2人にしか分からない信頼関係の上で成り立っているのだ。

康平は、ようやく尾崎と野本直美のベールに包まれたような見えない部分をチラリと垣間見たような気がした。

「尾崎先生は、夏妃にどんな話をするのだろうか?」

自分も夏妃と一緒に話を聞きたいと思う反面、自分なんかが聞いてはいけないのではないか?という怖さもあり、複雑な気持ちのまま康平は文筆堂の窓からチャチャ登り越しに聖ヨハネ教会を眺めた…。

 

「いやぁー尾崎さん、すまない。お詫びにやきとり弁当を買って来たよ。ついつい話し込んでしまって遅くなった」

栗生姉がそう話しながら文筆堂に入って来たが、そこには尾崎ではなく夏妃の夫である康平が居た。

「えっ!?康平くん?尾崎さんはトイレかい?」

まるで状況が分からない栗生姉は、スットンキョウな発言をしていた。

栗生姉さん、尾崎先生なら学校からの急な呼び出しで戻ったよ。それより、どんな理由にせよ、尾崎先生に店番をやらせるのはどうかと思うな。夏妃や麻琴ちゃんならともかく、誰も居ないときは僕に言ってくれないか?いつでも来るから」

「知り合いが、カフェをやっているんだが店をやめるから調理器や家具などを譲ると言うんで見に行って遅くなってしまってね。ちょうど出るときに尾崎さんが店に来て、店番をするからと言われて甘えてしまった。確かに、尾崎さんに頼むのはダメだよな。申し訳ないことをしたよ。もちろん、康平さんにもね」

栗生姉は緊張を隠せなかった。

それは康平が怒っているからだけでなく、自分がしたことへの後悔からであり尾崎にはどう謝ればいいのだろう?それだけではない、きっと夏妃がこの事を知り慌てて康平を寄こしたのだ…。

 

栗生姉さん!僕が言うべきではないかもしれないが、後から夏妃に怒られる前に言っておくよ。最近は、尾崎先生や直美ちゃんに甘えていないかい?今では文筆堂は若い仲間も増えたし賑やかになっている。それはとても良いことだ。親しき仲にも礼儀ありと言うように、僕らにとって、いや文筆堂の仲間にとっては尾崎先生や直美ちゃんは特別な存在ではないのかい?特に、直美ちゃんだ!直美ちゃんが居なければ、文筆堂の仲間はこんなには増えないし、僕や亮介くんも顔を出すことはなかったと思うよ。それに文筆堂の仲間はこれからも増えるだろう。この前、直美ちゃんが若い子たちにガツンと言ったんだろう?夏妃が家でわんわん泣きながら話をしてくれたよ。直美ちゃんが、私や麻琴ちゃんの想いを代弁してくれたと言ってね。それに、夏妃や麻琴ちゃんを尊敬していると直美ちゃんは言ってくれたと、あの後、麻琴ちゃんと大泣きしたそうだよ。でもね栗生姉さん、文筆堂があるから直美ちゃんも尾崎先生も自分たちがやろうとしている事が出来るのではないかな?それに答えようと若い子たちも張り切っているのだろ?だから栗生姉さんには文筆堂のリーダーとして、しっかりしてもらわなければならないんだよ。若い子たちと一緒になってはしゃいでいては困るんだ」

栗生姉は、後で自分が夏妃に怒られないように、康平自らが悪役を引き受けるがごとく、苦言を呈してくれた事が痛いほど分かった…。

 

「康平くん、ありがとう!後で夏妃ちゃんに怒られるのはしんどいからな。いや冗談はさておき、これからの函館には、奏ちゃんや冬果ちゃん、亜弓ちゃんや卓也くん、みのりちゃんのような若い子たちが必要なんだ!夏妃ちゃんや麻琴ちゃんも一生懸命やってくれている。しかし、直美ちゃんの石川啄木の意志を継ぎ函館のために骨を埋めるという覚悟はその上をいっている。啄木は、死ぬときは函館で!と言ったそうだが、直美ちゃんも尾崎先生も同じ想いなんだろうな。2人とも啄木と同じ岩手の出身で、ふるさと岩手より函館を選んでくれたというのが嬉しいよ。上手く言えないけど、地元民より函館を愛し函館の未来を心配してくれているのだね。直美ちゃんや尾崎先生の元で若い子たちが、その意志を継ごうとしている。それも文筆堂を舞台にしてだ、なんて素晴らしいのだろう。僕も、負けていらないよな。尾崎先生と同じ年なのに、ずいぶんと距離が空いたよ。この事は亮介くんともちゃんと話し合わないといけないな」

 

康平は、ようやく自分の肩の荷が軽くなったことを実感した。

夏妃を説得しないとな、僕でも栗生姉さんにここまで言うのは大変な苦労だった。

夏妃のことだから止めても、栗生姉さんに僕が言った以上に詰め寄るだろう。

尾崎先生と夏妃はどんな話をしているのだろうか?

「夏妃、後は頼んだぞ!」

康平はホッと胸をなでおろし、文筆堂を出てチャチャ登りをゆっくりと歩き出した…。

 

「梨湖、ちょっとこみあっているようだから、また後で来ようか?前回は、なぜか近くまで来ていたのに辿り着けなかったからな…」

柊二ここがクリオネ文筆堂で、夏妃さんが居るという事が分かったね」

栗生姉と康平が話をしているとき、ちょうど柊二と梨湖はクリオネ文筆堂の入り口に居た。

しかし、店の中からは男性二人の話し声が響いていて、とても店内に入れる雰囲気ではなく、どうしようか?と途方に暮れていた。

話が終わり康平が帰るというので、2人は慌てて聖ヨハネ教会へと行き、身を隠した…。

 

「柊二、盗み聞きみたいで居心地が悪いけど、直美さんと言うのは浪漫函館の編集長の野本直美さんだよね!あと、尾崎先生ってよく名前が出てくる人じゃん。他にも、文筆堂スタッフとして名前が載っている人たちだね。若い人たちも居るみたいだし」

梨湖、野本直美さんや尾崎先生が函館のために骨を埋めるとか、2人とも岩手の出身で石川啄木の意志を継ぐみたいな?そんな話が聞こえてきたけど、それだけでも感動するよな!梨湖が函館でやりたい事って、きっとこういう事なんだろう?」

「うん、今はまだこうだ!と上手く言えないけど、きっと同じ想いだと思う。《こころざし得ぬ人人の あつまりて酒のむ場所が 我が家なりしかな》だよ。啄木の家で文学で大成しようとする仲間同士が酒を酌み交わし語ったように、啄木の意志を継ぐ野本直美さんの元に函館を愛する仲間が集っている、その場所が文筆堂なんだね」

「そうだね、僕らも早く文筆堂の仲間になれるように、これから自分たちがどう函館と向き合っていくか、改めて考えてみよう!でも、今日は来てよかったよ。まだまだ僕らは文筆堂の中には入るのは早いということだ。そうだろ梨湖?」

「うん、まず自分たちが文筆堂の中に入れる資格を得ないといけないのだと思う。まだまだ道は険しいかもしれないけど、入り口に立てただけでも良かった。来てよかった。そうだ、カール・レイモンのソーセージを買いに行こうよ!今日は、それで乾杯だね」

 

梨湖の晴れ晴れとした笑顔は函館の青空や青い海と遜色なく、柊二にとってモヤモヤしていた心を洗い流してくれるように感じた。

函館山からベイエリアへと吹き下ろす風が、梨湖の髪を流しフローラルの匂いが鼻をくすぐっている。

「柊二、早く早く!」

笑顔の梨湖が手招きする大三坂を5人の若者たちが下から上って来て、柊二の側を通り過ぎた。

《高校生かな?これから函館の未来を担う若者たちか…》ふと文筆堂で聞こえてきた話を思い出していた…。

 

「まだ、ケレーあるかな?」

「冬果、さっきみんなでラッピ食べたばかりじゃないか?」

「みのりちゃん、奏ちゃんダイエットしているんだよ!笑っちゃうよね」

奏太朗にいさん、マジですか?」

「松原さん、奏太朗にいさんはホントやめてくれ」

「奏太朗にいさん、僕もクリオネ・スタイル付き合いますよ」

「卓也くん!だから、にいさんはヤメろ」

「あっ!また奏ちゃん、みのりちゃんのこと松原さんと言った。亜弓、聞いたよね?」

「冬果ちゃん、私はその…」

「いいの、みのりちゃんはいいの。ねぇ~亜弓?」

「冬果、待って!あっ麻琴ねぇさん?亜弓です。ハイ、そうですか。分かりました伝えます。今日ね、麻琴ねぇさんと直美ねぇさん仕事で文筆堂に来れないんだって。残念だな」

 

「えっ!文筆堂?」

柊二は、かすかに聞こえた文筆堂という言葉に、思わず振り返ったが5人の姿はそこにはなく、カトリック元町教会が夕日を浴びて荘厳な雰囲気をかもしだしていいた。

 

END

 

今回の箱館ストーリー「文芸サロン・箱館クリオネ文筆堂物語」~I am thinking of you at all times!~はいかがだったでしょうか?

ちなみにタイトルはどんな時でもあなたを想っている!を英語にしました。

冒頭の写真は、夏妃(美蘭)さんの横顔です!

えっ、イラストみたいだって?

それは、恥ずかしいと言うのでイラスト加工したからです(^_^;)


さて…

前回、麻琴の誕生日をお祝いした文筆堂の仲間たちですが、いつもと違う展開となりました。

今回は、夏妃が主役の回と言ってもいいかもしれません。

冬果が言う、ミステリアスな雰囲気がある野本直美の秘密が、いよいよ尾崎先生の口より夏妃に語られるはずでしたが…

なんと、そこへ柊二梨湖が文筆堂にやって来ます。

どうやら、前回ケレーで騒いでいる最中に、文筆堂には辿り着けなかったようですね。

ラストは、大三坂で5人組の若者たちとすれ違う柊二ですが、麻琴と野本直美は文筆堂へは仕事で来れないようです。

 

そして次回…

・尾崎先生の口から夏妃に語られる野本直美の真実とは?

・柊二と梨湖はいつ文筆堂にやって来るのか?

・お腹が空いている麻琴は大丈夫なのか?

 

どうぞ、お楽しみに!