札幌ストーリー「思い出と、供に

 

僕は、昨日から出張で札幌に来ていた…

観光なら、どれほど楽しいのだろうか?

新千歳空港に降り立った瞬間、僕の心は鉛のように重かった。

 

トラブル処理で頭を下げてばかりの1日が終わり、週末ということもあって、せっかくだからとホテルに一泊することにした。

初めての北海道、仕事でしかもトラブル処理に過ごした時間は、闇の歴史として僕の心に残ったままだ。

 

仕事が終わった開放感と、北の大地に居るという現実を確かめに、僕は黙ってススキノを目指した。

色とりどりの電飾、きらびやかな女性たち…

そうなんだ、僕は北海道は札幌の街に居るのだ。

ふと、下唇を噛んで立ち止まってみると、そこには夜のお店が僕を包むように輝いている。

「こういうお店は、短く見れば健康的、長く見れば不健康」

急に我に返り、そんな捨て台詞を吐き、僕は再び歩き出す。

 

すすきの交差点に差し掛かったころ、ニッカウヰスキーの看板が目に入る。

巨大なヒゲのおじさんは、「こっちへ来て、一緒に飲まないか?」と僕に語りかけているようだ。

空想は僕をいたわり、現実は僕を傷つける。

やがて、小さなネオンが灯る入り口を見つけた僕は小さく「ヨシ!」と頷き、店の扉を開けた。

 

何気なく入ったススキノのバーで、僕は一人でジャックダニエルを飲んでいた。

せっかくだからニッカウヰスキーを飲もうとしたが、慣れないカウンターの隅に座りオーダーを聞かれ、焦って「ジャックダニエルを!」と言ってしまった。

《ごめん、ヒゲのおじさん》

心の中でそうつぶやき、2杯目を頼んだときに、背中から声を掛けられた。

 

声の主は女性で、ずっとこのバーで男を待っているのだという。

男は、ジャックダニエルが好きで、僕の背中が彼によく似ていると言われた。

「彼は、いつもジャックダニエルで。私は、いつもソルティドックだったわ」

僕は、黙って彼女の顔を見ていた。

「もう、来ないわね…」

そう言うと、彼女は黙り込んだ。

彼女は長い沈黙の中で、彼との思い出をいつくしむように…

そおっと、指でソルティドックをかき回した。

 

愛を語る…

そんな術もない僕は、でも勇気を出して彼女に話しかけた。

「良かったら、話を聞こうか?」

「なんで、そんなに爽やかに笑っているの?」

彼女は訝しげに小首をひねり、そう答えた。

僕は、仕事で札幌に来てトラブル処理をした事をかいつまんで話した。

「困難を乗り越えて今日、僕は一回り成長したんだ!だからキミも、今夜は一回り成長できるチャンスなんじゃないかな?」

酔いもまわり、そんなキザな台詞を口にした。

どうせ僕は、明日には札幌を後にするのだし、何もかも今夜は自由なはず。

 

「あなた、面白いわね!」

彼女はそう言うと、やがて堰を切ったように話だした。

2年前に彼の後を追いかけるようにして、札幌に来たという。

お金もなく住む場所もなく一人で生きていかねばならず、仕方なく夜の店で働き始めた。

《このお店で待っていてくれ、いつか迎えに来るから》

それが彼の最後の言葉だった。

彼女は少し涙ぐみながら、それでもニッコリと微笑んで僕の顔を見て笑った。

 

やがて僕が泊まっているホテルに、彼女が付いてきた。

お互いのことを語り合い、そしてベッドで2人は一緒になった…

朝、「昨夜は、ありがとう!」と伝えると、彼女はホテルの玄関で僕を見送ってくれた。

やがて、新千歳空港に着いた。

荷物を預けて、ラウンジから彼女に電話をすると「おかけになった電話番号は~」のアナウンスが流れてきた。

 

昨夜の出来事は、夢幻の如く…

いや、そうじゃない!体の痛みが確かに現実だったと、教えてくれる。

真夏の夜の夢ならぬ、真冬の夜の夢。

冬の札幌は、寒いのではなく暖かかった、ぬくもりがあった。

今度は、仕事ではなくプライベートで来てみよう。

そして、あのススキノのバーで、今度は僕が彼女を待つんだ。


END

  

札幌ストーリー「思い出と、供に…」は、いかがだったでしょうか?

以前に、ショート形式で掲載したのを、加筆修正しました。

美蘭さんの「続きはどうなりますか?」というリクエストに答えてみたのですが…

実際には、物語の構成は出来ていたのですが、仕事の忙しさからまとめることが出来ずに、ようやく形にしてみました。

札幌ススキノが舞台となる、大人のストーリー!

楽しんでいただければ、嬉しいです。