小さい頃、父親に連れ出された事があった!
夕飯を食べて少したった時間帯だが、夏だったのを覚えている。

車で森の中へと進む道を走り、途中で降りて歩いていくと、そこには友人と数名の親子連れが居たのだった。
どの親子も父親と男の子という組み合わせが、子供心に不思議に感じた。

友人とお互いの親も一緒に挨拶し終わると、無言でそこからサラサラと流れる小川の傍まで移動した。
「声を出さずに耳を傾けろ!」と言われ、緊張しながら僕と友人の2人は黙って小川の傍にしゃがんでいた。

静かな森の中で、風や川の音、虫の声に混じり、たくさんの蛍が飛び交っていた。
やがて、「ショリショリ…」とまるで小豆を洗うような音が聞こえた。
音は弱弱しいが、確かに小川の中から聞こえてくる…
その音に近づくとピタリと止まる。
離れて少し経つとまた、「ショリショリ…」と音がしてくる。

面白くなり、父親の顔を見上げるとニヤリと笑って、「それは、あずきとぎだ!」と教えてくれた。
この場所は秘密の場所で、昔から父親から息子へと語り継がれた場所なのだと、父親は誇らしげに教えてくれ、友人の父親も大きく頷いていた。
本来なら聞こえるはずのない音が聞こえる!という恐さから、妖怪「あずきあらい」などと言われている。
古来からいる有名な妖怪なので名前を知っている人も多いと思うが、姿を見た人はいない。
また、地方によって名前が違うのだが、僕の故郷では「あずきとぎ」と呼ぶそうだ。
この「あずきとぎ」、正体は小さな黒い虫なのだと、後から父親が教えてくれた!
だが、本当は誰も見たことがなく、そういう風に昔から語り継がれているのだという。

僕が連れて行ってもらった森は、今はない!
その後、中学生の時に一度だけ同じ友人と一緒に行った事があった…
蛍が飛び交う小川からは、「ショリショリ」とあずきとぎの音が確かに聞こえた。