箱館ストーリー・第6話
note版「箱館ストーリー」ですが、第6話まで来ました!
これまでバラバラに書かれていた物語が、ようやく節目を迎えここから本当のクリオネ文筆堂を舞台にした物語あ始まります。
noteでは1話~ここまで物語は繋なっておりますので、どうぞnoteでご覧ください。
「ピリカ・ウヌカル──文筆堂に集う、はじまりの物語」

夏の日差しを浴びて、チャチャ登りは陽炎のようにゆらゆらと揺らめいて見えていた。
その坂を、二人の女性がゆっくりと上って来た。
「ただいま〜!」
まるでハーモニーのような声が店内に響く。
「おかえり!二人とも、休みの日に悪いね」
栗生姉はそう言って、軽く頭を下げた。
「栗生姉にいさん、取材って何人来るの?」
麻琴が声をかけると、隣の夏妃は心配そうに店内を見渡した。
「野本直美さんという人のブログ記事の取材でね。あと付き添いで高校の先生と生徒さん。高校生が三人だそうだ」
「えっ、野本直美さん?私もこの前取材を受けて、この店を紹介したばかりだよ」
「なんだ、麻琴ちゃんのせいか。どうりで取材なんておかしいと思ったんだよ」
「そんなにお客さんが来るの?何も準備していないわよ。栗生姉にいさん、何時に来るのかしら。ちょっと買い物に行かなきゃ」
「午後1時の約束なんだよ。だから今日はお店は休みにしている」
「そうだ!これ名刺ね。栗生姉にいさんと、私たち二人の名刺。ここに置いておくから──夏妃ねぇさん、急いで買い物に行こう」
そう言うと、麻琴と夏妃はチャチャ登りを駆け下りていった。
栗生姉は二人の背中を見送り、麻琴がデザインしたクリオネ文筆堂の看板にそっと触れ、ゆっくりと空を眺めた。
* * *
皆さん、こんにちは。 函館の“懐かしさを訪ね歩く!浪漫函館”、ナビゲーターの野本直美です。
函館の観光スポットのほとんどは、市電でまわることができます。
元町、ベイエリア、五稜郭、湯の川温泉へ──
ガタコトと車体を揺らしながら走る路面電車で、のんびりスローな旅をしませんか?
この「浪漫函館」では、観光パンフレットには載らない“小さな函館”をご紹介しています。
今回ご紹介するのは、【クリオネ文筆堂】という小さなお店です。
チャチャ登りの途中にあり、店内からは聖ヨハネ教会を間近に見ることができる文芸サロン。
一般の本屋さんには置いていない自費出版の作品や手作りアクセサリー、そして店長やスタッフが書いた物語や朗読作品が並んでいます。
「奏ちゃん、冬果ちゃん、こんな出だしでどうかな?尾崎先生には先に見せてOKもらっているけど…」
「直美ねぇさん、とても素敵です!」
「もう〜奏ちゃん、わたしのセリフ取らないで!直美ねぇさん、バッチリ」
「二人とも、ありがとー!青田さんはどう?」
「はい、とてもいいと思います」
ちょうど夏休みに入り、僕(霜村奏太朗)と小松冬果は、直美ねぇさんが運営する“函館の魅力を紹介するブログ”の手伝いをしていた。
今日はその第一号の記事の取材を兼ねて、直美ねぇさんの恩師・尾崎先生、冬果の友人・青田亜弓さんも一緒に【クリオネ文筆堂】へ来ていた。
僕らは直美ねぇさんの紹介で訪れたが、誰もこの店の存在を知らなかった。
まさに直美ねぇさんが言う“観光パンフレットに掲載されない小さな函館”だった。
「初めて訪れたのに、懐かしい感じがする素敵なお店だね、直美ちゃん」
尾崎先生の言葉に、僕と青田さんは大きく頷き、冬果は落ち着きなく店内を見渡している。
「冬果、失礼だろ!」
「だって奏ちゃん、ウチとはぜんぜん違うな〜って」
「冬果ちゃんちの古本屋さん、わたし好きだけどな」
青田さんがすぐ助け舟を出してくれた。
文筆堂の店長は栗生姉照喜(クリオネ・テルキ)という男性で、名前の“栗生姉(クリオネ)”から店名がついたのだと教えてくれた。
スタッフは里中麻琴さんと細矢夏妃さんの二人で、紹介してもらった。
麻琴さんと夏妃さんはそれぞれ仕事を持ちながら、休みの日や合間に文筆堂を手伝っているという。
麻琴さんはデザイン事務所勤務、夏妃さんは5月末に函館へ引っ越してきて福祉関係の仕事をしているそうだ。
二人は、たまたま文筆堂で出会い、今では姉妹のような関係だという。
直美ねぇさんは観光パンフレット制作の仕事で麻琴さんと出会い、麻琴さんの紹介で夏妃さんとも知り合った。
そして今度は僕たちが直美ねぇさんの紹介で、店長さんや麻琴さん、夏妃さんと知り合うことができた。
僕が市電で直美ねぇさんと出会い、そこから函館を愛する素敵な人たちと知り合えるなんて、まるで夢のようだ。
僕と冬果も市電で出会ったが、函館の市電には縁結びのご利益でもあるのだろうか?
冬果は最近、 「直美ねぇさんは、きっとキューピッドなんだよ!」 とよく言う。
オイオイ、前は「座敷童子なんだよ!」と言ってなかったか?
「今日は貸し切りですから、ゆっくりしていってください」
店長さんがサロンへ案内してくれた。
夏妃さんがコーヒーを淹れ、冬果と青田さんには手作りのハスカップジュースを出してくれた。
麻琴さんはシャインマスカットのタルトを用意してくれたが、「ごめん、ハスカップジュースとダブっちゃったね」と苦笑い。
しかし冬果と青田さんはタルトに夢中で、麻琴さんの声は届いていない。
尾崎先生と店長さんが「僕の分も食べるかい?」と言うと、 「青田さんはともかく、冬果にこれ以上エサを与えないでください」と僕が言い、 「奏ちゃんのイジワル!」と冬果が口を尖らせる。
直美ねぇさんがすぐ間に入り、一つ残っていたタルトを冬果と青田さんが半分ずつ食べることで落ち着いた。
サロンには、夏妃さんの旦那さん・細矢康平さんが作る手作りアクセサリーも並んでいて、冬果と青田さんは目を丸くして見入っていた。
お茶会が終わり、いよいよ直美ねぇさんが取材を始めた。
僕らは静かに耳を傾けた。
文筆堂には、店長や麻琴さんの物語、夏妃さんの朗読作品、夏妃さんが撮影した写真などが展示されていて、アートとくつろぎが同居する素敵な空間だった。
麻琴さんが紹介する函館のデザートも人気で、隠れ家的な存在らしい。
麻琴さんは夏妃さんに背中を押されて物語を書き始めたそうだ。
チャーミングで可愛い物語は女性に人気で、冬果と青田さんは「もう〜キュンキュンする〜!」と大騒ぎ。
そしてなんと、麻琴さんから新しい物語の創作に参加しないかと誘われ、二人は舞い上がっていた。
尾崎先生は店長さんから頼まれ、函館にまつわるコラムを書くことに。
直美ねぇさんもそれを手伝うという。
僕だけ取り残された気分だったが、麻琴さんと夏妃さんから声をかけられ、僕も短い函館の物語を書くことになった。
直美ねぇさんにも背中を押され、「ハイ!」と大きく返事をした。
すかさず冬果が来て…
「奏ちゃんの周りには、どーして綺麗な大人の女性が集まるの?ずるいよ」
「冬果だって尾崎先生と店長さんがいるじゃないか?二人ともダンディだろ」
「もうー奏ちゃんのバカ!」
「あっ、青田さん、これいつものアレですからご心配なく」
「冬果たち、いつもこうなの?」
青田さんがゴモゴモ言うと、冬果は突然──
「ねぇ〜ねぇ〜桐山君ってさ〜同級生とか言って、ほんとはボーイフレンドでしょう?」 と切り出した。
「ほう〜これがアオハルってやつだな、直美ちゃん」
「もう〜尾崎先生まで、からかわないでください」
顔を真っ赤にする青田さんに、みんなが微笑んだ。
店長さんが「これこそ、ピリカ・ウヌカルだな」と言った。
“ピリカ・ウヌカル”とはアイヌ語の造語で“素敵な出会い”という意味。
直美ねぇさんが僕や冬果や青田さんと出会ったことをそう表現した。
やがてその言葉は、みんなの合言葉になっていった。
「そうだ…尾崎先生、店長さん、聞いてくれますか?」
僕は、初めて尾崎先生と直美ねぇさんに会った日の夜、僕・冬果・青田さんの三人が同じ夢を見たことを話した。
夢の中に小さな女の子が現れ、「ピリカ・ウヌカル」と繰り返し喋っていたというものだ。
尾崎先生と店長さんは顔を寄せて話し合い、やがて尾崎先生が言った。
「奏ちゃん、冬果ちゃん、青田さん。君たちの感じたことはどちらも正しいと思うよ。 座敷童子でも、縄文の精霊でもいい。 僕と直美ちゃんは岩手の出身で、啄木が縁で奏ちゃんや冬果ちゃんと知り合った。 青田さんとは縄文文化を通して知り合った。 偶然とは思えない導きがあるのかもしれない。 ここは函館の元町。異国情緒が色濃く残る街で、僕らはまるで知らない国へ紛れ込んだ旅人のようじゃないか?」
夏妃さんも続けた。
「座敷童子もキューピッドも、幸運を招くという意味では同じだと思う。 だから、私たちの出会いが直美さんによってもたらされたのなら、直美さんは座敷童子でありキューピッドということでいいと思うよ」
その声は、函館山を吹き下ろす風のように心地よく、僕らの胸の霞がすっと晴れた。
店長さんは、僕らが啄木の足跡めぐりや縄文文化を通して知り合ったことに感銘を受け、 青田さんが文化祭で作った縄文資料や、直美さんと僕がまとめた啄木の足跡めぐりの記録を店で展示すると言ってくれた。
こうして、みんなの夢を形にした手作りのモノたちは、姿や形は違えども函館の魅力を詰め込み、 車で通り過ぎるだけでは決して見つからない“歩いてこそ出会える函館”を教えてくれる。
「ピリカ・ウヌカル」
──これは、魔法の合い(愛)言葉なんだ。
あとがき
文筆堂に集まった一日が、箱館ストーリーの本当の幕開けになりました。
読んでくださり、ありがとうございます。

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