札幌ストーリー「素直になれなくて」

 

初めてのお店に一人で入るのは苦手なんだけど、待ち合わせ場所がこの店なので、私は思いきって少しだけドアを開けてみた。

ススキノにある、ゆったりと静かに流れるジャズの音色とクールな雰囲気の薄暗いバーだ。

 

通りに面していないとはいえ、いつまでも入り口に立ち止まっているのも変だし意を決して静かに体を店の中に。

居心地の良さそうな感じにホッとして、私はカウンターに腰かけた。

ダイキリを頼み、さりげなく店内を見渡すとまだ時間が早いせいか、客は少なくバラバラと席に座っている。

カウンターの奥には、若い女の子が一人、ミモザを飲んでいた。

「可愛い子は、飲み物も可愛いのね…」、などと感心しながら自分のグラスを見つめた。

加名(かな)》と出会ったのは、その時が初めてだった。

 

やがて来るはずの男は、「急な仕事が入った!」と、よく耳にするお決まりのセリフを言い電話を切った。

男は、取引先の営業マンで時々は一緒に飲みに行った事があるが、私には指の一本も触れた事のない、年下の男だ。

その時、カナが声を掛けてきた。

《どうして私は、バーのカウンターで、女の子に声を掛けられなければならないの?》

そんな事を思いながらも、顔を向けるとカナが話し掛けてきたのだ。

 

「私、加名(かな)。カナって呼んで!ねぇ~良かったら少し話をしない?」

私は、自分の名前は名乗らずにそれに答えた…

「あなたも、誰かと待ち合わせ?」

カナは少し微笑むと、顔を左右に振った。

「違うよ、私はこの店のカウンターが好きなの。ここへ来ると、色んな人と出会えるし、お酒もおごってもらえる。私は、ここに座って声を掛けられるのを待っているの。あなた、さっき男に振られたでしょう?ごめん、そんな感じがしたから声を掛けたんだ、気に障ったら謝るけど…」

そう言うと、カナはペコッと頭を下げた。

 

それから、私はここへ来るはずだった男の事を話した。

カナは、何度か頷きながら私の話に黙って耳を傾け、私が話し終わると…

「ミサってさ、ただ単純にセックスがしたかっただけでしょう?本当は、その男でなくても良かったんじゃない?」

カナは、私のことを遠慮なしにミサって呼んだ。

自分の事をちゃんと未彩(みさ)って自己紹介したけど、今どきの若い子はこんな感じなのかしら?

いやいや、そういう考えだから今夜みたいに男に振られるのよ。

 

そうかもしれない…

恋人がいないわけではないけど、それとは別に男を求めている、あるいは女として見てもらいたい。

そんな夜だった。

「ねぇ、カナは声を掛けてきた男と、ベットを共にしないの?」

「古い表現だね~。一夜を共にするとか、抱かれたいとか…。私、体は売らないよ!チヤホヤされるだけで嬉しいし、別にセックスしなくても淋しくないし、いやたまにするけど誰でもいいわけじゃない。波長が合うというか自然の流れでするのが好き」

 

バカみたい。

私は、自分の事を恥じた。

今夜のために高級な下着に着替えて、メイクも少し濃い目かな?

きっと、私が誘っていたのだろう。

ギラギラと青く妖しい炎を目に浮かべながら…

きっとそうだ!そうに違いない。

 

「でもさぁ~、そういう時ってあるよね。だって女だもの!」

カナの言葉に、私は堰切って話し出した。

「仕事が忙しくてストレスが溜まっていたの。ちょっとした付き合いのボーイフレンドとは、少し前に別れたばかりで…」

「だから、そこはかとなくセックスがしたかった!男に抱いてほしかった。でしょ?もっと自分に素直になればいいよ。やみくもに物事を考えないで、いいかげんそんな気持ちを脱したら?そしたら自分の心と体で感じ取れるようになるよ」

 

私は、思わず泣ぐんでしまった。

今日初めて会ったカナの言葉に、涙ぐむくらい身も心も弱り切っていたのだ。

「ねぇ~カナ、また会ってくれる?」

「いいよ、もちろん!私、いつもここにいるから。今日は、帰ってぐっすり眠ったほうがいいよ」

「ありがとう、カナ」

「どういたしまして」

 

今でも私は、あの夜の事を思い出す。

カナと初めて会った、あのバーの事を。

今夜も、あのバーに行けば、カナはやさしい笑顔で迎えてくれるだろう。

でも、そんな身勝手な感情でカナを巻き込みたくない。

淋しさから逃げたり忘れようとするからダメなのだ。

淋しさをつかみ、抱きしめようとする強さを持たなければならない。

 

それでも、淋しくてたまらなくなったら、あのバーへ行き、カナにそう伝えよう。

カナはきっと、「ミサってさ~まだ素直になれないの?」そう言って応えてくれるはず。

そう思いながら、私の心は少しずつ癒されていく…。

 

[END]

 

 

今回の物語、『素直になれなくて』は、お楽しみいただけましたか?

 

男性と女性の考えるセックスは、まるで違うと思います。

男は快楽を求めますが、女性はリラックスとか解放感を求めるのではないでしょうか?

ゆきずりの恋でも、一夜の情事でも、やはり男性と女性の求めるものは違うと思います。

果たして女性の淋しさを理解できる男は、いるでしょうか?

それが出来たら、恋愛へと発展するでしょうが、上手くいかないのが男と女です。

この物語には、二人の女性が登場します。

加名(かな)という謎の女性と、未彩(みさ)です。

しかし、未彩(みさ)は“あなた”なのです。

ご自分が、女優になったつもりで、この物語の設定やセリフを自分に置き換えて、イメージしてみてください。

きっと、何かが見えてくると思います。

 

加名(かな)と未彩(みさ)、名前はぴいなつ先生に監修してもらいました。

こちらからは、《札幌のバーが舞台で、主人公がそのバーで女の子と出会い、そこでの会話がメインの物語だ》としか伝えないのに、見事に加名(かな)と未彩(みさ)という、それぞれの特徴を付けた名前を付けてくれました。

・加名(かな)は、サバサバした女の子。

・未彩(みさ)は、けだるいようなアンニュイな女の子。

見事としか言いようがありません。

最初から、こんな感じの女性と伝えていないのに、それぞれの特徴を見透かした名前と説明がありました。

いやはや、参りました!ぴいなつ先生。