9月に入っても函館は、まだ暑かった…
夏の陽射し輝く長い石畳の八幡坂を、彼女は上って来た。

片方の手には緑の鉢植えを抱え、一方の手にはコットンのハンカチを持ち、額や口元に手をやる仕草が彼女の可愛らしさをより引き立てていた。

息遣いが聞こえてきそうな、彼女の頭上を1羽のカモメがベイエリアに向かって飛んで行った。

時より風が小さな口笛を吹いている穏やかな、9月の午後だ。

さっきまで、彼女の訪れを教えてくれた潮風は昼寝をしているのだろうか?

午前中、騒がしかった波は今、夢を見ているように静かに揺れていた。


彼は、「熱い!熱い!」と口にしながら、風が止んだ窓を眺めながら部屋を片付けていた。

朝、彼が彼女に電話して、午後に「遊びに来ないか?」と言っていたのだ。

かすかにドアをノックする音が、聞こえた。

2度目のノックで、彼はドアを開けた。

暑い陽射しを浴び、男より背の低い女性のシルエットが、横に伸びていた。

「こんにちは!」

彼女の声は、いつも明るい。


彼は彼女が抱える、緑の鉢植えを見ながら聞いた。

「それは、何という植物だ?」

「ユッカ」

「やれやれ。観葉植物はこれで、5個になった」

「白い部屋には緑がよく映えるのよ、それに緑色はストレスに効果があるの」


日和坂の上、元町にある小さな木造の家、それが男の住まいだった。

「この前の雨の日に電話した坂道の電話BOXの近くに、小さなお花屋さんを見つけたの」

「あの坂道でオレンジを拾ってくれたお礼だと、ポトスの鉢を貰った。殺風景な部屋にしばらく優しい空気を供給してくれたよ。そして、そのポトスは今でも100%元気だ」

そういう彼の台詞にキュートな彼女は、肩をすくめて微笑んだ。

ノースリーブの水玉模様のワンピースから出た、白い小さな肩が彼女の笑顔を美しく輝かせていた。


土曜日の午後、彼は彼女と観葉植物に囲まれていた。

「ポトス、ベンジャミン、テーブルヤシ、フェニックス、そしてユッカ…このままでは、この部屋はジャングルになるな」

彼は、彼女が持って来たユッカを見つめながらそう呟いた。

「大丈夫よ」

微笑んだ彼女は、彼にウインクをした。


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